第6話「ルティのよろず屋」
外は晴天に恵まれていた。
朝の穏やかな風が、ここ辺境の村エイベルをつつんでいる。新緑の草原に囲まれているこの村は、人口が二千人と少ないが、年間を通して涼しく降水量も少ない気候のため夏には避暑地として人気の村だ。
また、アリスの大好物アップルパイの原料である林檎の生産地としても有名である。
「うーん、いい天気!」
アリスは大きく背伸びをして、空気を体いっぱいに取り入れた。寝起きの姿が嘘だと思えるほど表情はとても清々しく、まるで別人だ。
まだ若干の冷たさを残す春の風が朝食によって温められた体温と相まってとても気持ち良い。
初めの目的地、よろず屋までは歩いて五分程度かかる。
アリスの足取りはとても軽かった。
小さい村だけあって通りすがる人達は、全員知り合いで幼い頃から家族のような付き合いをしてきた顔なじみだ。
時には立ち話をしながらのんびり歩き、目的地へ着く頃には家を出てから十五分かかっていた。
ルティが経営するよろず屋。
元々はルティの父親が経営していた店だったが、数年前にこの世を去ってから一人娘のルティが店が継いだのだった。
一軒家をリフォームして造られた店のため、そこまでの大きさはないものの、ルティの父が生前に築いていた数多くの取引ルートが店の経営を促し、安定した商売を行っている。
「ルティ居る?」
アリスはまるで、自分の家に入って行くような感覚でよろず屋の扉を開けた。
店に入るとそれに気付いた、背中辺りまで伸びる茶髪に三つ編みのサイドテールを持った穏やかが第一印象の女性、ルティがカウンターの奥の方からひょっこり顔を出す。
「アーちゃんじゃない! いらっしゃい!」
どこか天然じみたいつもと変わらないその声にアリスは思わず笑みをこぼす。そのまま店の中を突っ切ってルティのいるカウンターまで足を運ぶ。
「今日はどんな用事? いつもの薬草かしら」
「ううん、今日は別の用事。まずこれ!」
そう言ってアリスはポーチを物色すると、先ほどテレサから渡された小瓶を取り出してカウンターの上に、コトッと置く。
「試作品のジャムだよ。テレサが渡してくれって」
「わぁ! 二日前にお願いしたばっかりなのにこんなに早く!」
ルティは小瓶を手に取ると、まじまじと見つめる。そして少し考えた後、何かを決意したかのようで、小瓶をカウンターの元あった場所に戻すと企み顔でアリスを見た。
「ほんとはお客さんみんなに試食してもらおうと思ってたけど……アーちゃん、二人で食べちゃおっか」
アリスの耳元に顔を近づけるとそんなことを呟く。
その呟きに思わず唾を飲み込む。
「悪い話じゃないと思うけどなぁ。こういう美味しそうなもの大好きでしょ? それにアーちゃんもお客様の一人だもん」
反論する暇もなく繰り出される甘い誘惑に心が揺れる。
視線がルティとジャムを行ったり来たりして忙しい。
「で、でもテレサが私は食べたらダメだって言ったから……」
なんとかテレサとの約束を守ろうと否定の言葉を絞り出した。
ルティはそんなアリスの反応に悪戯な笑みを浮かべる。
「そんなの私が言わなきゃ分かんないわ」
もう限界だ。そう感じたアリスは無理やり話題を捻じ曲げるため本題へと移った。
「そ、それよりさ、ここにきたほんとの用事なんだけどね」
アリスの対応にルティは若干つまらなそうにして、アリスの顔から距離を離した。アリスは解放され、ホッと胸をなでおろす。
「で、今日の本当の用事って何かしら?」
「武器壊れちゃったから代用品が欲しいんだけど、なにかない?」
その注文を受けた瞬間、まるでスイッチを切り替えたかのように真面目な顔になった。
そしてカウンターの奥にある倉庫へと戻って行く。
「どんなのが欲しいの?」
木箱をあさる音の中でルティの声が聞こえてきた。
「うーん、剣っぽいのならなんでもいいかな」
しばらくして戻ってきたルティの手には一本のダガーが握られていた。
「今うちが用意できる中では、これが一番の良品ね。元々うちは武器屋ではないからちゃんとした剣とかは売ってないわよ?」
アリスはダガーを受け取ると鞘から抜き放ち、空いてるスペースで振るい始めた。
当たり前だが、今まで使っていた片手剣と比べるとどうも心もとない。慣れない軽さに首をかしげる。
「なんか慣れないけど……これにしよっかな」
どう見ても納得いってないような表情だが、鞘に戻すとカウンターへと持って行った。
「どうせならここで買わないで、バルドさんの工房にお願いして作ってもらった方がいいんじゃないかしら」
ルティは目の前に置かれたダガーを見ながら尋ねる。気を使ってくれてる様だ。
だが、ルティの発言にアリスは首を横に振り、財布を取り出すべくポーチに手を突っ込む。
「まぁそれが一番なのは私も分かってるんだけど、作ってもらった剣、壊しちゃったからなんか行きづらくて」
アリスの壊れてしまった剣は傭兵になりたての頃、幼馴染の父親が自身の工房でアリスの為に打ってくれた物だった。二年間使ったとはいえ、申し訳ない気持ちがある。
「これ、いくら?」
財布を取り出すと、中を覗いて残金を確認しながら尋ねた。
「四千クレカよ」
「予想はしてたけどなかなか痛いな……」
アリスの財布の中身は現在一万クレカだった。紙幣が一枚入っている。
ちなみにアリスの普段の月収入は約六万クレカのため、今回の出費は結構家計に響く。
浮かない顔で支払いを終えるとダガーを腰のベルトへと装着した。持っているときは感じなかったが、確かな武器の重みがベルトに加わる。
「ありがと。またよろしくね」
「もちろん! アーちゃんならいつでも大歓迎だよ。気軽に遊びにおいでね」
アリスは、満面の笑顔で手を振るルティに別れを告げると店を後にした。
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