突き詰められたカレーライス

あろめ

第1話

 ただならぬ気配の接近をリカオンは察知した。

「ヒグマさん、海から何か来ます!」

「なんだと!新しいセルリアンか!?こんなときに!」

 迫る巨大セルリアンの猛攻を間一髪で凌ぎながらヒグマは叫ぶ。

 こんなに際どい戦いは「あの時」以来だった。

 一晩かけてなんとか海までは誘導出来たものの、そこからあと一歩が押し込めない。

 策も全て砕かれていた。もうじき日も登る。

 撤退しようにも、うまく隙を作れない。

 この上、更に新しい脅威が来たというのだろうか。

 確認したいが、目の前の脅威からはわずかも目を離せない。

「リカオンさん!危ない!」

 キンシコウの声が響く。

「どうなった!状況は!?」

 ヒグマが聞いた直後、視界の端に倒れ伏すリカオンとキンシコウが見えた。

「くそっ!」

 絶望的な状況だが、まだ最後の手段があった。

 ヒグマたちは先ほどから攻撃を一点に集中させていた。

 そこにカウンター気味の一撃を全力で叩き込む。

 セルリアンの姿勢が崩れ、弱点の石が露出した。

「いまだ!」

 ヒグマはその好機を攻勢ではなく守勢に使った。

 リカオンとキンシコウに駆け寄り、二人を担ぎ上げて退却に走ろうとする。

 しかし、セルリアンの回復速度はヒグマの予想を遥かに越えていた。

 あっという間に体勢を立て直したセルリアンが、再度ヒグマに迫る。

 両腕には仲間が二人。逃げ切れない。全滅、という言葉が脳裏をよぎる。

 ふいに懐かしい声が聞こえた気がした。

 かばん。

 あいつなら、こんな状況でももしかしたら――

 その時だった。

「――みゃみゃみゃみゃみゃみゃー!!!!」

 遥か上空から、雄叫びを上げながらサーバルが降って来た。

 勢いそのままに、セルリアンの背中の石に右手を叩きつける。

 セルリアンはそのまま爆散し、キューブの欠片となって消えていった。

 何が起こったのか。

 ヒグマは急に目の前に現れたサーバルの背中を茫然と眺めていた。

「ヒグマさん!」

 誰かが海の方角からヒグマを呼ぶ。

 お前、帰ってきたのか。

「かばん!!」

 登り始めた太陽をバックに、駆け寄ってくるかばんの姿があった。


「そんなことがあったのですね」

「帰ってくるなり大活躍なのです」

 ヒグマは、ことの顛末を博士と助手のワシミミズクに伝えた。

「いえ、たまたま……でも間に合って良かったです」

「ほんとうにぶじでよかったよヒグマ!」

「無事で良かったのはお前らの方だ。何か月も帰って来ないからみんな心配していた」

 かばん、サーバル、ヒグマの3人はあの後すぐ図書館に来ていた。

 リカオンとキンシコウはいない。二人はかばんたちの帰還をパーク中に知らせに行っていた。

「お前らが帰ってきたことを知れば喜ぶよ。じきに集まってくるんじゃないか」

 心底嬉しそうなヒグマが、かばんとサーバルの肩を抱く。

 かばんの腕につけられたボスが、「ヒグマ、食べちゃダメだよ」と言って3人を笑わせる。

 その様子を博士はじっと見つめていた。

 本当に、よく無事で帰ってきたのです。かばん。

「それで、これからどうするのです。かばん」

「とりあえずはみなさんをここで待とうかと。料理でも作りながら。」

 博士たちは感激した。

「帰ってきて真っ先に料理をするとは……!」

「感心な奴なのです。そういうことなら」

「はい。作りますよ。究極のカレーライスを!」

 とてもいい顔でかばんは言った。

「え?」

「究極?」

 博士たちが困惑しつつサーバルを見ると、なぜかビッと親指を立ててこれ以上ないほど得意気な顔を見せつけてきた。

 無性に腹の立つ顔だと思った。


 かばんはポケットから色の違う石を二つ取り出した。

 それを両手に一つずつ持ち、石同士を擦るように素早くぶつけて打ち鳴らす。

 火花が飛び散り、木くずに種火が灯った。そこから瞬く間に立派なたき火を作る。

 どこまでも慣れた手付きだった。

「へー鮮やかなもんだな」

 ヒグマはのん気に褒めているが、博士とワシミミズクはあまりの手際の良さに驚きを隠せなかった。

 一方でサーバルはタマネギの山を前にしていた。

「うみゃっ」

 という掛け声と共に腕が動いたかと思うと、全て薄くスライスされる。

 何をしたのか、博士たちには全く見えなかった。

 ヒグマがそのうちのひときれをつまみあげる。

「すごいな!向こうが透けて見えるぞ!」

「えっへん」

 すごいという言葉で片付くレベルではないと博士は思ったが、ヒグマは普通にはしゃいでいた。

「このお野菜は薄く切った方がおいしくなるんですよ」

 かばんは気にすることもない様子で、それらを寸胴鍋に入れていく。

「かばん、その鍋は少し大きすぎるのではないですか」

 ワシミミズクの指摘ももっともで、それはかばんの体よりも大きい。

 しかしかばんは顔色一つ変えずに持ち、火にかけて軽々と振るっていた。

「みんなで食べるのですから、これくらいはないと」

 そうかもしれないが、そういうことではないとワシミミズクは思った。

「なぁ、お前ら。さっきは聞きそびれたが、なんでサーバルはあんなに高く跳べたんだ?ちょっと跳びすぎだろ」

 なぜかヒグマがこのタイミングで聞く。

「二人で力を合わせました」

「かばんちゃんがはっしゃだいになってくれたんだよ!」

「へーそれであんなに。やるなぁ」

 ヒグマはそれで納得したようだった。

 博士とワシミミズクは、もはや得体のしれない恐怖を感じ始めていた。


4

 それからあっという間に料理は完成した。

 博士とワシミミズクの前にカレーライスが並べられる。

 色に深みがあり香りも豊かで、米にもつやつやと光沢があるのが分かった。

 なんというかもう皿全体が光っているような気さえする。

 以前のかばんや普段ヒグマに作らせているものとは次元が違うと確信できた。

 二人は恐る恐るスプーンを手にし、一口食べる。

「こ……!」

「これは……!!」

 あまりのうまさに、言葉を失った。

 そのまま一気にかきこんで完食する。何度も何度も無心でおかわりをした。

 その横ではヒグマが、

「あいかわらずかばんの料理はうまいなー」

 と喜んで食べていた。


5

「それでかばん」

「おまえが探していたものは、見つかったのですか?」

 満腹になった博士とワシミミズクは切り出した。

 かばんは、あるとき島の外に出た。探さなければいけないものがあったからだ。

 あれからもう何か月も経っている。その目的は果たせたのだろうか。

「……はい」

 満たされたように、かばんは深く頷いた。

 今日のかばんは色々おかしいなと思っていたが、それを見て博士は安心した。

――そうですか。それは良かったのです。

 そうして博士が口を開こうとしたときだった。

「これが究極のスパイスです!」

「……は?」

 全く予想だにしなかった言葉が耳に届く。

 かばんは色とりどりのキューブを嬉々として博士の前に掲げていた。

「セルリアンに含まれるサンドスターがカレーライスを最高においしくしてくれることが分かりました!」

「くろうしたよねー。かばんちゃん。まさか、だいうちゅうにあんなヒミツがあったなんてねー」

「うん。食材の奥深さと世界の広さを知ったよね」

 何かとんでもないことを次々と口にしている二人に、博士たちの理解は追い付かない。

「へー。お前ら、ずいぶんと大冒険してきたみたいじゃないか」

ヒグマが、言葉の内容を特に吟味する様子もなく嬉しそうに言う。

こいつは助けられた時に頭でも打ったのか、と博士たちは思った。

 そしてかばん、サーバル。

「おまえたち」

「いったい何をしていたのですかああああああ!」

 博士たちはついに叫んだ。

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突き詰められたカレーライス あろめ @lemonsquash

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