日記外その24 タヌキと影

「おお、意外と綺麗に残ってるもんだねぇ」

「……」


 イヌガミギョウブとセルナは森に建つ図書館を見上げた。

 周囲の風景は大分変わってしまったが、この建物だけは当時の姿をそのまま残している。

 日々、図書館を管理しているハシブトガラスの努力の賜物だ。


「ここは?」

「勉強するところだよん。まずはここの主に挨拶しよっか。おーい!司書さーん!」


 ……………………


 イヌガミギョウブが中に入って大声で図書館の主を呼ぶが、誰かが現れるような気配はない。

 どうやら今は留守のようだ。


「ま、いっか。帰ってくるまで気長に待とうかねん」


 イヌガミギョウブは気長にハシブトガラスを待つ間に、セルナに教育を施すことにした。

 元はセルリアンではあるが、ベースにあるのはとある人の因子。

 もしかしたら、ヒトの“代わり”になるかもしれない。


「それこそ取らぬ狸の皮算用ってねん……」

「?」


 あの人が特別だったのか、あるいは輝きを奪ったセルリアンが特別だったのか……


 イヌガミギョウブはセルナの為に教材になりそうな本を身繕う。

 セルナの座っている席に置く。


「読める?」

「読める」

「文字は完璧と……」


 現在のジャパリパークではフレンズ達に教育を施す飼育員達が居ないために、フレンズ達の識字率は非常に低くなっている。

 もしかしたら、セルナの中には元となった人の知識が残されているのかもしれない。


 お、こりゃ意外と楽ができるかも。


 オイナリサマと比較して基本的にものぐさな性格のイヌガミギョウブは楽が出来そうと気が付いて手を抜き始める。

 まだ、教育が始まってすらいないのにである。


「じゃ、これをテキトーに読んでてねん。その間、寝てるから」


 堂々と寝る宣言をしてイヌガミギョウブは椅子に座って寝始める。

 狸寝入りと言う訳ではなく、本気で寝ている。

 熟睡である。


「おやすみ」


 セルナは寝息を立てるイヌガミギョウブを数秒見詰めてから、渡された本に手を伸した。


 静かな図書館の中でセルナがページを捲る音だけが響き渡る。

 セルナが本に夢中になっている間に日は徐々に傾いていき、窓から差し込む光はオレンジ色へと変化した。


 そして、窓から差し込むオレンジ色の光が一瞬だけ途切れる。


「来た!!」

「!?」


 不意に何の脈絡もなくイヌガミギョウブはカッと目を見開く。

 イヌガミギョウブの姿が霞のように消え失せて、イヌガミギョウブが居た場所には数枚の木の葉が残された。


 突然消えたイヌガミギョウブに驚いて、セルナはキョロキョロとイヌガミギョウブを探して辺りを見回すと、窓の外にイヌガミギョウブの姿を捉える。


「あ、の……」


 セルナは窓に近付いてイヌガミギョウブに話し掛けようとしてただならぬ雰囲気を感じて口を閉じた。

 イヌガミギョウブの足元には拳の形に陥没した地面があり、土が付いたままの右手を固く握り締めている。


 イヌガミギョウブの視線の先には走り去っていく動物の姿が見える。

 夕暮れ時なせいかその全身は墨汁のように真っ黒であり、姿の詳細は判別出来なかったがそのシルエットはキツネにそっくりであった。


「完全再現……か」


 セルナにはイヌガミギョウブが呟いた言葉の理由を理解出来なかった。


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