第95話 眠れない夜

 夢を見た。

 何処かで見たような船の甲板の上で私は私と向き合っている。

 表情は霞んで見えない。


 もう一人の私は私と向き合ったまま、船の先端から背後に引っ張られるように落ちていく。


 助けようと咄嗟に駆け寄り手を伸ばしたが、もう一人の私に触れるか触れないかの間際で私は船の下の様子に気が付いた。


 船の下は海ではない。


 それは海のように巨大なセルリアンだった。

 それに気付いてしまった私はセルリアンに驚いたせいで、あと一歩のところで手が届かなかった。


 そして、もう一人の私を飲み込んだセルリアンは大きな呻き声を上げて私に手を伸ばして……



 飛び起きた私は護身用に持ってきたモリを構えて周囲を見渡す。

 そこは小屋の中。

 電灯の白い明かりが室内や爆睡しているコンゴウインコとオオウミガラスを照らし出す。

 周囲に危険はない。


 ……何をやっているのだろうか。


 悪夢を見て飛び起きてしまった私は再びソファーに寝転ぶ。

 前日にセルリアンの事を調べていたせいで妙な夢を見てしまった。


 普段なら起きて数分で忘れてしまう夢の話なのだが、何故か妙に脳裏に焼き付いて離れない。

 失われた記憶と関係しているのだろうか?


 セルリアンに船を破壊されたとするなら、ジャパリパークに来てから不用意にセルリアンに近付こうとはしなかっただろう。

 おそらく、セルリアンについては嘘の部分であると共に何かを暗示している。


 海が荒れたのか?

 だとするならば、私は荒れてる日は甲板に出るなと言う船長の言い付けを破った挙げ句に海へ落下した間抜けと言うことになる。


 ……記憶喪失になる程衝撃的な事か?


 やはり、この考察では腑に落ちない。


 夢は夢……

 荒唐無稽な世界からヒントを得ようとしたのが間違いなのだ。


 そう言えば、トラの姿が見当たらない。

 確か夜行性だった筈なので何処かへ出掛けているのかもしれない。

 もしくは帰ってしまったか。


 妙に目が冴えてしまって眠れない私は小屋の外へ出る。

 少しだけ開けた場所が月明かりに照らされてぼんやりとヘリの姿が浮かび上がる。


 私は横転しているヘリに上り、ヘリのドアに手を掛ける。

 やはり、放棄されたとあってドアにはカギは掛かっておらず、ヘリの中へはすんなりと侵入することができた。


 ライトで照して中を確認する。

 中は横転しているとあって荒れており、物が散乱していた。

 何かめぼしい物はないかと漁ってみるが、特に役に立ちそうな物は何もない。

 常に何かが見付かるとは限らないのだ。


 人の痕跡はあれど人はいない。

 外部に漏らせない秘密をたくさん抱えていたのだとしても、何故ジャパリパークは放棄されてしまったのか。


 旅を続ければその真相に辿り着けるだろうか?

 それとも、私がジャパリパークからいなくなるのが先か。


 私はヘリから飛び降りて、再び小屋の中へ戻る。


 明日もまた歩くのだ。

 せめて、疲れを明日に残したくはない。

 私は目を瞑って静かに横になった。

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