第84話 魚との攻防

 まだだ……

 これで終われない。

 戦果ゼロはあまりにも情けない。


 私はリベンジとばかりに再びルアーを海へ投げ入れたが、魚が掛かる気配がまるでない。

 上から覗くと桟橋の下を悠々と泳ぐ魚影がうっすらと見える。


 魚が居ない訳ではないのは何が原因だ?


 やはり、作り物の疑似餌では餌としての魅力が足りないと言うことなのだろうか。


 魚の立場となって考えてみよう。


 魚ならばどんな餌を食べる?

 美味しそうな餌。

 美味しそうな餌とはどんな餌?

 新鮮な餌。

 新鮮な餌とは?


 ……そうだ。


 このルアーには動きが足りない!!


 不自然に微動だにせず浮いている餌など餌として認識できるか?

 否!

 ならば、ルアーに動きを……命を与えるしかない!


 結論に達した私は竿をゆっくりと上下に振る。

 生きているように見せる為に、魚を騙して喰わせる為に……


 それから数分後、釣竿に今まで感じたこともない衝撃が走る。


 来た……来た!


 素人の私でもこれは魚が掛かったのだと分かるくらい、とても分かりやすい反応だ。

 振動するようにしなる竿を支えながら私はリールを懸命に巻く。


 こいつは……デカい!


 竿が折れそうなくらいしならせ、魚の抵抗を感じながら手繰り寄せていく。


 私の面目は保たれた!


 しかし、ラストスパート掛ける時に悲劇は起きた。


 プツン……


 不意に軽くなる竿。

 限界までしなった竿はバネのように私の方へ跳ね返り、額を強打する。

 短くなった糸の先を見て私は唖然とする。


 これだけ時間を掛けて、やっと魚が掛かったと言うのにその結末がこれだと?


 プツン……


 私の中で何かがキレた。





 逃げられた魚にトドメを刺し、いくつかの収穫を網に入れて悠々と帰還を果たす。


 その後、沖から帰ったオオウミガラスは私が取ってきた魚の側面に空いた3つの小さな穴や網に入れられた到底魚とは思えない収穫物等を見て何か言いたそうにしていたが、私の有無を言わせぬ視線を受けてオオウミガラスは口を閉じた。


 時として、言葉は鋭利な刃物よりも鋭く心を抉る。

 オオウミガラスは非常に賢く大人な選択をした。

 だが、その目は言葉よりも多くを正直に語っていた。


 私は何とも言えない感情を胸に秘めて、寮へ帰る。

 今度釣りをする際は誰も居ない時を見計らって釣りをしよう。

 一瞬、頭の中にオオウミガラスの潜った方が早いと言う言葉が過ったが、それを懸命に振り払う。


 まずはシャワー浴びて海水を落とすか……


 その夜は今日の釣りの鬱憤を晴らすが如く、海産物尽くしにした。


 自分で取ってきたものを食べるとき、普段よりも美味しく感じるのは何故なのだろうか?

 そんな事を思いながら料理を食べる。


 前回はマグロのみだったが、今回は一風変わった食材が多く有り、海暮らしのオオウミガラスも初めて食べる物も多くあった。


 魚以外にも海には美味しいものが沢山ある。


 生ウニ、サザエの壺焼き、ワカメの味噌汁、エビの天ぷら……

 明日はイカ料理にも挑戦してみよう。

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