第60話 悪夢の怪音波

 まず始めにあまりの衝撃に三半規管がイカれた。

 耳を塞いでいようがお構い無しに全身を貫いて体の芯に響いてくる。

 地面は荒波の如くうねり始めて立っていることが困難となった。


 スピーカーも自身の出す音に対してカタカタとダメージを受けているかのように振動し、今にも爆発四散してしまいそうである。



 本来であればただ苦しむだけであったであろう。

 その歌声は高性能スピーカーの寿命を激しく削りながら力を増幅させて周囲に破滅を撒き散らす。


 落としてしまったアカギツネが歌声を聞いて気絶と覚醒を繰り返す様は、まるで逃げ出すことを許されず最後まで聞けと強要されているようである。


 ナミチスイコウモリは言った。


 遊園地が死ぬほど煩い。


 なるほど、その言葉は比喩でも何でもなく、ただ事実を短く述べただけの言葉だった。

 確かにこんなものを聞き続けていたら、いつかは命を落としてしまうだろう。


 時間にして5分弱、体感時間にして5日間。


 世界中の悪夢を濃縮したような歌声は止み、普通の歌声がスピーカーから流れ出す。


 悪夢が過ぎ去ったステージには気絶したアカギツネと辛うじて意識のある私だけが残った。


 セルリアンはトキの歌声のせいなのか、いつの間にか砕け散ってサンドスターへと還っている。


 驚異は去った。

 二重の意味で……


 私は生まれたての小鹿の如く足を震わせながら、ステージの操作盤と思わしき機械へ向かい、音を出している機械を止めて中のDVDを取り出した。


 これで新たな被害者が生まれることは無いだろう。


 しばらく、ステージの脇に座り込み休んでいるとアカギツネが目を覚ました。


 こんな危険物を再生した事情聴取と行こうか。


 被告はげーじつを学ぶ為に今度は歌に目を付けたらしい。

 試行錯誤の末にDVDをヒトの残した遺物で再生することに成功するが、そのDVDにはとんでもない罠が仕掛けられていた。


 最後に記録されていたトキの歌声である。


 音量調節を間違えて大音量で流していたアカギツネは音量を戻す前に不意に流れたトキの歌であえなく気絶。

 せめて、音量が普通だったのなら苦しむくらいで済んだ筈だ。


 遺物を操作するなんて、見掛けによらずあなたも中々やるわね。


 そう言われても、私としては極普通の事なのだが、フレンズ視点からだと中々凄いことらしい。

 そして、アカギツネは何を思ったのか私の事を弟子にしてあげるとか言い始めた。


 ……慎んでご遠慮します。


 遠慮なんてしなくて良いのよ!と、アカギツネは私を弟子にすることを諦めてはくれなかった。


 こうして、私は半ば無理矢理アカギツネに弟子1号にされてしまったのだ。


 そして、私は人であるとカミングアウトするタイミングを完全に逃してしまったのかもしれない。



 この後、寮に帰って来た私はナミチスイコウモリに例の歌のような何かは止まったと伝えた。

 この距離であっても例の悪夢のような歌はナミチスイコウモリの耳に届いていたらしく、帰って来た当初は酷く怯えていた。


 確か、コウモリは超音波を聞くことが出来ると言う。


 可聴域の広いフレンズ程、あの歌はより恐ろしく聞こえていたのかも知れない。

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