第58話 残響

 水平線の彼方から昇る朝日を眺めながら、私はとあることを考えていた。


 何故、寮の軒先にナミチスイコウモリが逆さにぶら下がっているのだろうかと……


 ただ、ぶら下がっているならまだしも、完全に脱力仕切っていて、その姿はさながら洗濯直後に干した濡れたタオルの様だ。


 ああ、可能ならば無視したい。


 だが、ナミチスイコウモリの全身から放たれる悲哀に満ちたオーラが私を捉えて離さない。


 なので、私は聞いてしまったのだ。


 どうしたのか、と……



 ソファーに座りながらも頭が振り子のように揺れているナミチスイコウモリは、意識が飛び飛びになりながらも私に困っていることを伝えてきた。


 遊園地が死ぬほど煩い。


 そう言ってナミチスイコウモリは力尽きたかのように寝てしまった。

 そう言えばナミチスイコウモリは夜行性だったか。

 どうやら、フラフラしていたのはただの寝不足のようだ。


 だが、ソファーに座りながらと言う体勢はコウモリとしては慣れない寝方のようで、少し薄目を開けて天井へ飛び上がると梁に足を掛けて逆さにぶら下がって熟睡を始めた。


 遊園地が煩いか。


 前に遊園地を探索した際に幾つかのアトラクションの電源が復旧したので、何かの拍子にまた起動してしまったのかもしれない。

 鉄錆の擦れるあの音は耳に堪える。


 今回ばかりは私が撒いてしまった種と言う訳か。

 ブレーカーをしっかり落としてから帰るべきだったと悔やんでも仕方無いので、早速事態収拾の為に遊園地へ足を運ぼう。


 前回と違って日帰りで行ける距離だ。

 今回は私一人で行こう。


 案の定オオウミガラスが心配だから付いて行くと言い出したが、ここは大人しくナミチスイコウモリの側に居て欲しい。

 起きたとき誰も居なかったら彼女が困ってしまうだろう?


 オオウミガラスを説き伏せた私は異変を解決すべく、ドライバー等の工具を持って遊園地へ向かった。



 ふと、道中で私はこのジャパリパークに来て、初めて一人きりになった事に気が付いた。

 いや、森林地方で迷子になった時も似たようなものだったか?


 ともかく、久々に一人きりになり、物寂しさから普段はしない鼻歌を歌いながら道を歩く。

 それは故郷の祖母が時折鼻歌で歌っていた曲であり、作者や題名は知らないが何と無く気に入っている。


 遊園地へ近付くに連れて、風に乗って微かに音が聞こえ始めた。


 それは私が予想していた全身に鳥肌が立つような鉄錆の擦れるような音ではなく、非常に耳に馴染んだ旋律だった。


 ……祖母の鼻歌の曲だ。


 更に言えば、私が知らない筈の歌詞もしっかり付いている。

 歌詞にようこそジャパリパークへと入っているので、どうやら祖母の鼻歌は元々このジャパリパークのテーマソングだったようだ。


 園内のスピーカーのスイッチが入ったのだろうか?


 ともかく、私は死ぬほど煩いとは思わないが、ナミチスイコウモリが迷惑しているのは確かなので私は音の発生源へと歩みを進めた。

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