第56話 板前風

 目の前にある新鮮な巨大魚の前で私は刀のような巨大な包丁を手にする。


 ここにまさかマグロ包丁まであるとは……

 社員食堂にしては気合いの入り過ぎた調理器具の数々を見て、改めてこの厨房のレベルの高さを思い知った。


 数時間後

 悪戦苦闘の末、何とかマグロの解体に成功する。

 道具が無かったらまず無理な上に、料理ってこんなに重労働な作業だったかと勘違いを引き起こすくらいには疲れた。

 いや、こんなのは料理ではない。


 部位毎にざっくりと身の色を見て分けたが、正直あまり自信はない。

 何処からが大トロで何処からが中トロなのか?

 とりあえず、赤身だけは分かりやすかったと記述して置こう。


 料理の手間と材料を考えて、本日のメニューは刺身と寿司にした。

 昨夜はマグロ料理なんて考えてなかったので、ここは許していただきたい。

 そして、思いの外酢飯を作るのに手こずった。


 寿司を作るのは始めての事だったので、酢飯の酢の分量が分からず手探りでやるしかなかったのだ。

 さらに酢だけだと何か物足りない味になったので、砂糖と塩を足すと大分私の知ってる酢飯の味に近付いた。


 まぁ、我ながらギリギリ合格点を上げられる程度にはなったと思う。


 早速酢飯を大量に詰めた桶と、刺身と寿司用の切り身やその他諸々を持って皆の前に移動する。

 突然、様々な道具を持って現れた私の前にフレンズ達がわらわらと集まってくる。


 そして、刺身を見て最初の一言は……


 食べやすそう、だった。


 考えてみれば、クーちゃん以外の3人は海のフレンズだった。

 主食はジャパリまんだが、時々魚を捕って食べていると言う話を以前にオオウミガラスから聞いたことがある。

 基本、キャッチ&イートな彼女達に取って、新鮮な魚の美味しさと言うのは、食べ慣れた物なのだろう。


 ……刺身ではなく生姜焼き等にした方が良かっただろうか?


 ともかく、刺身を醤油を付けて食べて見ることをお勧めする。

 ワサビはお好みでどうぞ。


 やはり、フレンズ達は刺激のある味に慣れていないのか、ワサビを口にして涙目になっていた。

 以前にキムチ鍋を食べたことのあるオオウミガラスだけはすんなりと適応していた。

 慣れの問題なのだろうか。


 慣れの問題なのだろう。


 最終的には各々の好みの分量で落ち着いた。


 そんなワサビで試行錯誤をしている間に、私は酢飯と切り身で寿司を握る。

 故郷でこれを食べるとするなら、いくらになることだろうか……


 醤油を付けて早速自分で食べる。


 私は決して料理評論家と言うわけではないが、自分で握った寿司を食べて、素人ながらはっきりわかってしまった。


 酢飯が負けてる!


 この近海ではこんなにも良質な魚が取れると言うのか!

 それとも鮮度の違いか!


 今まで食べてきたあのマグロは本当にマグロだったのだろうか。

 もしや、サンドスターの影響で味が良くなっているのか?


 ……流石にそれはないか。

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