第二話 東京における専用車両の実態

 その朝、私は非常に焦りながらとどろき駅前商店街を駆け抜けていた。


 朝、出がけに妻から急に用事を頼まれたために、家を出る時間が少しだけ遅れてしまった。

 その時点ではまだ時間に余裕があったのだが、加えて通勤途中の道が工事中であったために、迂回を余儀なくされて更に遅れてしまった。

 そのため、私が東京電鉄大町線の轟駅に到着した時には、既に上り方面の電車がホームに到着していたのである。

 あの電車を乗り過ごすと、会社に僅かの時間差で遅刻することになる。

 そして、今の私の立場からすると、いかに僅かな遅刻であっても、しないに越したことはなかった。


 轟駅は、東京電鉄大町線の上り線と下り線の線路に挟まれて立地しており、駅舎に行くために踏切を越える必要がある。

 そして、私の家から駅までの通勤経路だと、下りの踏切を渡ってから上りの電車に乗ることになる。

 そのため、踏切の寸前で下り電車に行く手を阻まれてしまうことがあった。

 その時は運よく下り電車の切れ目にあたっており、私は多少強引に人波を掻き分けて、駅の改札に向った。

 轟駅には改札口が一つしかない。

 しかも、その位置は上り電車の一両目の、さらに前方である。

 私は改札をくぐると全力疾走した。

 私は、今年で三十歳になる男性である。

 昨年転職したばかりのため、年収は三百万以下であり、さらに喫煙者である。

 従って、東京電鉄大町線であれば、最後尾の車両にしか乗ることが許されていない。

 東京の通勤電車は、その人の属性により乗ることができる車両が決まっているのだ。


 *


 大町線の先頭車両から順番にその区分を説明すると、以下の通りとなる。


 まず、一両目が「満六十歳以上の男女」専用の、いわゆる『シルバー車両』であり、二両目は「未成年者の男女」専用の『チャイルド車両』である。

 これについては、女性専用車両に続いて鉄道各社が積極的に導入に踏み切った。

 性別による車両の分離よりも年齢による車両の分離のほうが、「交通弱者保護」という観点から見て、より合理性が高いからだ。

 従ってこれは必然的な流れとも言えるし、むしろこれに反対するほうが難しいだろう。

 いずれの車両も、介護や看護、保育や安全確保などの保護を目的として、「二十歳以上、六十歳未満の男女」が付き添い乗車することは認められていた。


 三両目から十両目までは女性専用車両で、今では『レディス車両』と呼ばれている。

 これには「二十歳以上、六十歳未満の女性」が乗っている。

 昔は他の車両に女性が乗り込んでも特に違和感はなかったらしいが、今では女性も付き添い以外の理由で他の車両に乗ることはできない。

 何故なら、シルバー車両とチャイルド車両の導入が進み、乗客を属性毎に分離することが社会通念上も常識となるにつれて、

「どうして女性だけが好きな車両を選べるの?」

 という意見が強くなったからである。

 言い換えれば、

「女性専用車両に乗らない女性への風当たりが強くなった」

 という訳である。


 残りの車両は、従って「二十歳以上、六十歳未満の男性」専用の、いわゆる『メンズ車両』となるのだが、そこにはさらに細かい区分が設けられていた。

 何故なら、男性だけが寄り集まって同じ車両に乗るようになると、次第に些細なことから喧嘩が起きるようになったからだ。

 その理由は、良く考えてみればすぐに分かることだった。

 子供や女性の目の前で、即座に拳等による実力行使に及ぶ成人男性は、それほど多くない。

 また、高齢者による喧嘩の仲裁を無下にできる成人男性は、思ったよりも多くない。

 それらの抑止効果が、すべて他の車両に分離されてしまったが故の、当然の結果である。

 しかしながら、あまりの暴力行為の頻発に業を煮やした鉄道各社は、極めて乱暴な措置を取ることにした。

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