コツメカワウソとジャガー

@nihonkawauso

コツメカワウソのフレンズ

「わたしはコツメカワウソ。今日は良い遊び日和だよね!」

ミナミコアリクイをじっと見つめ、元気よく挨拶をした。

「なんだよう!あっちいけよ!」

彼女は体を大きく見せるように両手をあげて見つめ返した。

諸手を挙げて歓迎してくれていると思ったわたしは同じようなポーズを返した。

けれども、ミナミコアリクイは青ざめた顔で逃げ出した。それがおかしくて声をあげて笑う。笑い疲れた後は腰を下ろして用意していた二つの泥団子でお手玉をした。

誰かと遊べなくても一人遊びが出来るからいいんだ!


 わたしは遊ぶのが大好き!遊ぶと胸があたたかくなる。頭の中が楽しい気持ちで一杯になる。ジャングルの毎日は楽しいことが一杯。川辺で泳いだり、毛皮を乾かしながら拾った小石でお手玉したり、そのまま日向ぼっこをしてうとうとしたり……。

「カワウソ。ミナミコアリクイを虐めたって本当かい?」

黒の斑模様が黄色の毛皮に映えるフレンズが話しかけてきた。驚いた私は思わずお手玉していた泥団子を落としてしまう。潰れたそれを丸めながらわたしはじっと見つめて元気よく挨拶した。

「わたしコツメカワウソ。今日は良い……。」

言葉が詰まった。彼女の大きな眸で見つめられると全身の毛が逆立ったから。

力強く腕を組む仁王立ちは見るだけで圧倒される。怒っているのかな?

私は負けず嫌いだから、怖いなんて気持ちを見透かされないように吊り上がった眉に力を入れて笑い返す。

「わたしいじめてない。あなたは誰?」

「わたしはジャガー。ミナミコアリクイから相談を受けてね。ちょっと話を聞かせてくれるかい?」


 これが彼女との出会いだった。ジャガーは強くて優しいフレンズ。だから沢山のフレンズから困りごとを相談されている。誤解が解けた今ではジャガーは友達。

彼女はとても付き合いが良くて一緒に過ごすのが楽しい。

わたしは初めてフレンズと遊ぶことを知った。お手玉の数を競ったり泳ぐ速さを競争したり。それは今までの一人遊びよりとても楽しくて嬉しいことばかり。沢山の初めてを貰った……。


「ジャガー!今日は川でぴかぴかの石を拾ったんだ。それで遊ぼうよ。」

彼女の腕にぎゅっと掴まり、すん、と鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。陸上のフレンズだけれど川も泳ぐから大好きな水の匂いがする。

「ごめん。今日は泳げないフレンズの川渡しをしないといけないんだ。」

彼女は気まずそうにわたしの腕を解いた。


 橋が壊されたらしい。他のちほーにいけずに困っているフレンズが沢山いるみたいだ。彼女は舟を使って困ったフレンズの川渡しをしている。

舟といっても平たいただの板だ。ハカセという図書館にいるフレンズから荷台というヒトが使っていたもの、その残骸をもらって泳げない者を乗せている。

ジャガーはそれを毎日引くんだってさ。わたしもやってみたが、とてもフレンズを乗せてひけない。乗ったことはある。ジャングルの風景を見ながら川を渡るのはとても楽しいものだった。ジャガーはとても凄いと思う。

でもそれからだ。一人遊びをして楽しくなくなったのは。お手玉はよく失敗するし、日向ぼっこしてもそわそわしてお昼寝できない。頭の中に過るのはジャガーのことばかりで……。


「最近遊べなくてごめんね。寂しいかい?」

じゃぱりまんを差し出しながらジャガーが尋ねる

「寂しいってなに?」

「寂しいっていうのは……一緒に遊べないのが辛いというか……いや、辛いというかもっと遊びたいというか……わからん。」

「なにジャガーったら。変なの。変なの ――でもなんとなくわかるよ。」

ジャガーと会えるのは嬉しいけれど、離れると胸の中が冷たくなる感覚。

胸の中を掻き毟るほどもどかしいもの。頭の中が彼女で一杯になること。

たのしいの反対。それがきっと『寂しい』というものだろう。

「今日はカワウソに見せたいものがあるんだ。」

照れくさそうに鼻を掻くジャガーに小首を傾げた。


「みてみてジャガー!川に山があるよー。」

「あれは山じゃないよ。すべり台だよ。」

「すべり台ってなに?」

「ヒトが遊んでいた『ゆうぐ』ってやつらしいよ。

 川に沈んでいた橋から作ってみた。」

「つくったー?ジャガーすっごーい!」

わたしは川に飛び込んで滑り台に昇る。

ジャガーに言われるが侭に斜面に腰を下ろした。

苔生えた斜面はツルツルと滑ってそのまま――

ざぶんと大きな音を立てて盛大に水飛沫があがる。

「ジャガー!これすごく面白いよ!ありがとう。」

「今まで遊べなかったお詫び。喜んでくれて嬉しいよ。」

ジャガーは優しい眸で見つめてくれる。柔らかなそれは、母親にも近しい感情だったのかもしれない。慈しみを篭めた優しい眼差し、それが幽かに震えたのをわたしは見逃せなかった。

私の寂しさを埋めようと頑張ってくれたジャガー。

ならばわたしもジャガーを困らせるわけにはいかない。

私は胸を張って思いっきり息を吸いこんだ。そして――

「わーい!たのしー!」

わたしの独白じみた台詞が晴天の大気を楽しげに震わせる。

もうわたしは大丈夫だよ。

心配しないで。

切ない想いを全て込めて叫ぶようにすべり台で遊ぶ。

「よかった。 …それじゃ、カワウソ。またね。またフレンズたちを乗せてくるから。」

「またねー!わーい!」

その後姿を見えなくなるまで力を込めて手を振った。


 ふと、胸に去来する冷たい思いに俯き覗く水面。そこに映るわたしの顔、今は眉尻が情けないばかりに下がっている。

目頭が熱くなって頬に伝う温かいものを抑えきれない。

じゃんぐるちほーではいつも明るく遊んでばかりだと思われるわたし。

でも本当は莫迦みたいに寂しがりで弱く不安定な内面を持つ。それを隠匿し誤魔化す為の防壁が笑顔だ。

涙も苦悶も全て広大な大河に洗い流す。眉で描く笑みに薄らと苦々しいものが混ざりそうになるのに、普段通りの釣り上がる眉尻の線で繕う。

もう顔は綻んでいる。

「もう一回!」

ジャガーに、いや、このじゃんぐるちほーのフレンズにこの不安が伝播せぬよう。

楽しい思いでいられるように私はまた元気な声をあげて滑る。

「わーい。たーのしー!」

そしてわたしを元気づける。コツメカワウソは元気で笑顔が似合うフレンズだもの。

わたしは困っているフレンズを助けられなくても誰かを困らせたりしたくないもの。


 それから私はすべり台があるここを遊び場としている。

すべるのは楽しいしジャガーとも一日二回逢えるから。

「ふぅー、到着!」

遊び場が出来てからフレンズを強引に遊びに誘うこともなくなった。

「わーい!たーのしー!」

でも……やっぱり誰かと遊びたい。

「んふー!」

誰かと楽しさを分かち合うあの感覚をもう一度だけ。

「もう一回!」

楽しさに身を委ねてもふと頭に過る胸の寂寥はどうしても拭えない。

そんな時だった。聞き覚えのない声がわたしを呼び止めるのは。

大きな耳がまっすぐ伸びた黄色い毛並みのフレンズと変わった耳をした黒い毛並みのフレンズ。

好奇心が刺激されて居ても立ってもいられずに川に飛び込んで泳いで彼女たちの側まで泳いだ。

燦々と降り注ぐ陽光より眩い笑顔二つ、私をみている

彼女たちはわたしの遊び相手になってくれそう。

そうだ。一緒にすべり台で遊ぼう。

たとえすべり台が嫌いでもお手玉でもなんでも良い。

じゃんぐるちほーの大気にまたわたしの元気な声が響く。


「わたしコツメカワウソ!今日はいいすべり日和だよね。」

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