会見

 女騎士、異端の完徳者にして傭兵隊長、ドミニコ会修道士の奇妙な三人組は、一二日かけてリヨンの南の町ヴィエンヌに辿りついた。ナルボンヌまでと言っていたウィリアムも、ディアンヌとクララの『神学論争』がよほど面白かったのか、結局ここまで道連れになった。

 ヴィエンヌは、町の規模としてはモンフェルメとそう変わらないが、川の対岸にある修道院は立派だった。

城にあるような跳ね橋を渡り、衛兵のように門の前に立つ修道士に、取り次ぎを頼むと、やがて、一人の太った男が中からやってきた。

「やっときなはったかディアンヌはん。待ちくたびれましたわ」

 息を切らせながら、そう言って走ってきた男に、ディアンヌは見覚えがあった。たった一度、そう、確かモンフェルメの宿屋で。

「ええと、あなたはステファノ?」

「覚えていてくだはりましたか。それはおおきに」

「あの、あたしはローラン様に言われてここに来たんだけど、さる人物ってあなたのこと?」

「ちゃいます。わては間を取り持っただけ」

 こうして、ディアンヌ達三人はステファノの案内で修道院に通された。大きな修道院は周囲を壁で囲まれ、場合によっては塔を持ち、城塞と区別のつかない堅牢なものもある。ヴィエンヌのモンジェ修道院がまさにそうだった。そして、異例なことに随所に軽武装の男達が立っていて、周囲に目を光らせている。

 城郭内はさながら小さな街のようで、多くの建物の間を細い路地が通っている。建物は木製のものもあったが、ほとんどが外壁と同じ赤い石でできていた。

「こちらの僧坊が寝所になってます。あとで使いをやるよって、ディアンヌ様だけおいでください。あとのご両人は、ごゆっくりお休みください。なんかあったら、僧坊の下男にいいつけてください」

 二人と別れたディアンヌは、修道院の中央にある聖堂の隣、まだ新しく、しかも窓の大きな建物に案内された。修道院長の家か、それに近いもののようだ。その二階に、ディアンヌをここまで呼び出した人物がいるという。ディアンヌは濃い緑色に黒い刺繍の縁取りのついた、一張羅のチュニックを会見のいでたちに選んでいた。亜麻色の髪に銀のサークレットと柘榴石の髪飾りをつけている。

 通されたのは思ったよりは小さな部屋だった。ラングレ館の居間ほどだろうか。もちろん天井はずっと高く。縦長の大きな窓には色ガラスがはめられ、部屋の中に鮮やかな色彩の光を広げていた。床には毛足の長い、暗い紅色の絨毯が敷かれ、ディアンヌは、自分の足が床に沈み込んだと錯覚したほどだった。

 その部屋の中央、円形の黒く磨かれたテーブルの向こうにその人物は座っていた。年齢は五十を越えたくらい。頭頂は大きく禿げており、周囲に僅かに赤毛が残っている。彫りが深く、思慮深そうな顔立ち。椅子に座っていても、がっしりとした体格と上背は威圧感がある。金で縁取りされた裾の長い青いチュニックは華美ではなかったが、ものの良さはディアンヌにもわかった。

 そして、部屋の主人は、ディアンヌの姿を認めるなり、挨拶する隙も与えなかった。

「ああ、やっと来たか。まあ、すわんなさいすわんなさい」

 立ち上がり、テーブルを挟んだ反対側の席を勧める。

「食事はしてきたか? してきたの? なんだ、気を利かせんやっちゃなあ。まあ、ええわ。どうも年とると、あんまりごっつい肉とか食べたくなくなるんねん。このチーズ、うまいで。あとこのワインもな」

「あの……わたしは」

「去年の葡萄は最高やったいうから、どれほどのもんかいと思って飲んでみたが、確かにええ」

「あの」

「ディアンヌはんやね。わしのことはフェデリコとでもよんでくれたらええ。ああ、でも、こんなぺっぴんな娘さんが来るなんて思うとらんかった。女騎士なんて、熊みたいな大女が来たら、どうしようか思ってたわ」

「あの、恐縮です」

「でも、あれやろ、あんまり綺麗とか美貌の女騎士とかいわれんのも嫌なんやろ」

「ええ、いや、それはそれでうれしいですが」

「そうかそうか、素直やな」

 フェデリコは、からからと笑い、もう一度、座んなさい、と言った。

 ディアンヌはようやく勧められた立派な椅子に腰を下ろした。

「ステファノに聞いたが、やっぱり、竜は連れて来られんかったらしいな」

「はい。戦いで、その怪我をしてしまいまして。あと、そもそも竜は谷を離れて遠くには行けないんです」

「まあ、最初から無理とはおもっとったがな。あれはでかいし、扱いが大変やしな」

「竜をご存じなんですか?」

「信頼できる者の話を聞いただけや。あんたんとこと、あと昔ウェールズにおったっちゅうのやね。儂の動物園のコレクションに加えようともおもたが、さすがにあれば大きすぎるわ。しかたないんで、糞だけもろたわ」

 そう言って、フェデリコはまた、からからと笑った。

「動物園? なんですか、それ」

「なんや、しらんのか?」

 そういわれても、ディアンヌは目の前の男がそもそも何者なのかわからない。フェデリコという名前と訛りからして、イタリアのどこかの伯爵ではないかと想像できるが、それを訊くのは失礼にあたると思えた。何しろ、ディアンヌは援軍を乞う使者なのだ。つまらないことで相手の機嫌を損ねるわけにはいかない。

「儂の自慢の動物園や。あんたに見せられんのは残念やが、こんなところまで連れてくるわけにもいかんからな。まあええわ。さて」

 そういってフェデリコは姿勢を正し、ディアンヌに正面から向き直った。

「あんたを呼んだのは、その竜の話をしてもらうためや」

「はい」

 ディアンヌに否はない。しかし、フェデリコに見つめられるほどに緊張が高まる。

「もともと竜はヨーロッパのあちこちにおった。あちこちいうても、狐や狼みたいにどこにでもおったいうわけやない。ウェールズ、コンウォール、アイルランド、ブルターニュ、ハルツ、ピレネー。おもろいのは、どの竜も、おとぎ話の竜とは違って、人間に飼い慣らされとったっちゅうことや。野生の竜はヨーロッパにはおらんかった」

「そう……なんですか」

「せやからどこでも竜騎士団に編成されとったわけや。しかし、この五十年あまりの間にそれまであった竜騎士団は次々に消えていった。ハルツにあったんわ、盗賊騎士団に成り下がって、ウェルフェン家に滅ぼされたいうし、ウェールズのそれは四年前に最後の一頭が死んだっちゅうことや」

 ウェールズの竜を含め、それらのいくつかをディアンヌは聞いたことがあった。

「そんなわけでな、ひょっとしたら、もうあんたの竜が、世界で最後の竜かもしれん。つまり、あんたが世界で最後の竜騎士かもしれんちゅうことや」

 世界で最後の竜騎士、と言われてもディアンヌには実感がない。なぜなら、ディアンヌにとってヴォルケは最後の竜ではなく、唯一の竜であり、ヴォルケがいなくなれば、自分は騎士ではなくなる、それだけのことだからだ。

「最後の竜だから、フェデリコ様は、モンフェルメを助けてくださる、というのですか?」

「消えてゆくもんは、まあ、しゃあない。儂にもどうにもできんことはある。だが、その前に記録は残さなあかん。それでや」

 フェデリコは、ずい、とテーブルの上に身を乗り出した。

「竜は飛んでおる間、何回くらい羽ばたく?」

「は?」

 あまりに具体的な質問に、ディアンヌは、一瞬、どう答えていいかわからなくなる。

「……と言われても……こんなくらい?」

 そう言って、両手を広げて、ヴォルケの羽ばたく周期を真似してみせる。少し恥ずかしい。だが、フェデリコは大まじめな顔で、数を数えるようにディアンヌの羽ばたきに会わせて頷いていいたが、傍らのペンを取り、羊皮紙に何かを書き込んだ。

「あ、でも、敵に襲いかかるときにはほとんど羽ばたきません。それは……」

「羽ばたきによって上下に揺れるから狙いがつけにくいんやな」

「そうです」

「竜が上昇したり降下するとき、どんな感じなる」

「ええと……」

 これは日頃からよく訊かれることで、それほど難しくない。

「その、ふわっていう感じですね」

「あかん」

 フェデリコは首を左右に振って言った。

「もっと理性的な言い方はでけへんのか。儂を失望させるな」

 好々爺然としていたフェデリコの口から突然発せられた鋭い言葉に、ディアンヌの背筋に冷たい汗が流れた。この男を失望させるということは、ディアンヌの任務の失敗を意味する。

 だが、フェデリコの話し方、言葉の使い方は初めて聞くものではない。そうだ、アルフォンスに似ているんだ。ディアンヌはアルフォンスの「ディアンヌは感覚的するぎる」という言葉を思い出し、彼の言うところのそうでない表現を記憶の中から探そうとする。

「上昇すれば、わたしの身体は押し上げられます。ええと、そのおしりを突き上げられる感じです。降下するときには、こう、ストーンと落ちる感じになります。おしりを押し上げる力が小さくなる感じです。その瞬間、身体は軽くなります。ええ、でも、降下を始めるときだけで、一定の速度で降り始めると、その感覚はなくなります」

「旋回してる時はどうや。竜の身体は傾くんか? お前の身体はどうなるんか?」

「竜もわたしも傾きます。でも、私は傾きません。ええと、つまり、おしりにも、鐙にも左右同じように力を入れています。その力は旋回していないときより大きいです」

「そうやそうや。そんな感じに説明せや」

 フェデリコは満足気に頷いた。「それで、竜の重さはどれくらいやったかな。数字で言えるか」

「大きな馬、三頭ぐらいです」

「じゃあ、大きさは」

「馬の二倍と三倍のあいだくらいです」

「ほうほう。ということは……」

「竜は馬よりも、つまり、馬と同じ大きさならば、ずっと軽いです。そう、八倍くらい」

「ほう……賢いな」

 フェデリコの目に、賞賛と同時に微かに警戒の色が浮かぶ。ディアンヌは、ここで怖じ気づくものか、と自分を奮い立たせる。「竜の従者はとても賢いんです。彼らは、ラテン語……ラテン語と、ラテン語ともどこの言葉とも違う言葉で書かれた本を読めますし、フェデリコ様のように数字で話をすることもできます。わたしは彼らの真似をしているだけです」

「どこの言葉とも違うことば……か。そこまでたどりつくには儂の人生は短すぎるな」

 一瞬、フェデリコは遠くを見るような目つきになる。だが、すぐに穏和な表情を取り戻した。

「まあ、つまりや。竜は軽い。鳥と同じくらいの軽さっちゅうことや。飛び方も鳥と一緒やしな。もし、竜と同じくらい大きな鳥いて、それに人が乗ることができれば、たぶん、それは竜と似たようなものになる。意味がわかるか?」

「ええ、はい。……やっぱりいいえ」

「わからんやろな。つまり、竜は魔法でも魔術でもない、ただの大きな鳥ゆうことになる。悪魔のしかけも、神の御技も必要ない」

「悪魔のものじゃない……そうなんですね!」 

 ディアンヌも身を乗り出していた。フェデリコは、まあ、待て、と言い、さらにいくつもの質問をディアンヌにぶつけた。ディアンヌは、それらの質問になるべく丁寧に、「理性的」に答えようとした。時にフェデリコはいらだたしげにペンで机を叩いたり、聞いてるのは、そうやない、と声を高めることもあったが、概ねはディアンヌの説明に満足して、うなずき、時にするどく食い下がることはあっても、最後には納得して頷いた。

「やっぱりそうやな。竜はでっかい鳥とそう変わらん。確かに竜は普通の動物とはちょっと違う。だがな、ディアンヌ、象は知っとるか?」

「いいえ」

「こーんなに鼻がながくてな、こーれくらい大きな耳があってな、身体は、そうやな、竜よりも大きいな」

「鼻? 鼻がそんなに長いんですか?」

「そうや。初めて見た坊主は、例によって悪魔だなんだと騒ぎよったらしいが、そんなもの、西に行けはなんぼでもおる。竜もおんなしや。ちょっと珍しいもんはみんな悪魔のしわざにしよる。ほんまに愚かなことや」

 フェデリコは、坊主という言葉をことさら憎々しげに口にした。贅沢な暮らしの聖職者を揶揄する者は多いが、フェデリコの表現はそれを越えているように思えた。

「それに六十年前の十字軍でな、ウェールズの竜騎士団が従軍を拒否してん。それを時の教皇ウルバヌス二世が偉う怒ってな。それ以来や、教皇庁は竜を異端と見なして何かにつけて嫌みをゆうたり、諸侯に圧力をかけたりするようになった。今回のモンフェルメ伯の破門やってそやろ。異端なんかおらんかったんやろ?」

 ディアンヌは、即答こそできなかったものの、はい、と小さくうなずいた。

「異端や異端や言われて、破門にするぞと脅されて、諸侯はしかたなく竜を処分しよってん。理性が蒙昧に負けるなんぞ、ほんま、情けない話や」

 ディアンヌは、フェデリコの語る「理性」という言葉に、何度も心を動かされた。司教が竜や竜騎士に注ぐうさんくさそうな視線、それをはねのけることができなかったディアンヌにとって、「理性」は武器になってくれるのではないか。

 ディアンヌは、期待を込めてフェデリコに訊いた。

「じゃあ、フェデリコ様は、竜は神に祝福されたものだとお考えなんですね!」

 しかし、フェデリコの反応はディアンヌの予想とは違った。目を細め、口元を皮肉っぽく曲げたその表情にはありありと失望が浮かんでいたからだ。その口からは、ディアンヌが想像もしなかった言葉が発せられた

「祝福なんぞ要らん」

「……え」

「祝福されたさびた剣、祝福されていない切れ味の良い剣、あんたはどっちを選ぶ」

「……それは……」

「二人の同じくらいの強さの剣闘士を戦わせてみたことがあんねん。片方には坊主が祝福を与え、片方には与えんかった。どうなったと思う」

「祝福を受けた方が勝ったと思います」

「その通りや。十組の剣闘士で八組までがそうやった。次に剣闘士本人達にわからんように祝福させた」

 答えは訊かずともわかった。

「聖水も同じように腐った雨水と比べたし、世の中の聖遺物もみんな嘘っぱちのまがいもんやとわかった。おお、もちろん免罪符も実験した。ただ、あれはあかんね。この世じゃなくて煉獄で役に立つもんなんやて。煉獄までいかんと効果が調べられへん」

 フェデリコはまた、からからと笑った。ディアンヌはとてもではないが追従できる気持ちになれない。ディアンヌはおそるおそる疑問を口にした。

「フェデリコ様は……主を……お認めにならないのですか?」

「神様がおらんとは思わん」

 ディアンヌは少しだけ安堵する。

「聖書はおもろいことがぎょうさん書いてあるし、救世主様もええこと言うとる。もし、神様が、殺すな、盗むな、犯すな、言うとらんかったら、どんだけ酷い世界になっとったか……ま、今もあんま変わらんか」

 また、フェデリコは笑った。ディアンヌは、笑うことこそできなかったが、その言葉の意味を完全に理解し、そして、気分が悪くなった。

「悪いのは、坊主どもや。連中のやり口はこうや。あんたは生まれながらに罪がある。どんどん罪が深くなる。死んだら煉獄間違いなし。怖いでしょ? じゃあ、祈りなさい。免罪符も買いなさい……そんなの詐欺やで。いきなり人を捕まえて、お前は罪人や、って決めつけるなんて、どうかしてるとおもわへんか? 本当に煉獄を見てきた者なんてだあれもおらへん。どんな罪をおかせば煉獄に行くのか、どれだけ金を坊主に払えばどれだけの罪が許されるのか、有名な神学の修道士に聞いてもわからん」

「でも、アダムはイヴにそそのかされて知恵の実を食べました。禁じられていたのに」

「それが罪か? あんたはどうや。働きもせず、戦いもせず、楽園で、ただのうのうと昼寝していたいか? それがあんたの幸せか?」

 ディアンヌは答えられない。痛みも苦しみも暑さも寒さもない、死ぬこともない楽園、そこに住むことが人生の最大にして最後の目的、当然のようにそう思ってきた。

「人の言うことを疑い、自分の言葉で考え、本当かどうかをその手で調べる。それが理性や。知恵の実を食べたことでその理性を手に入れたというなら、それは罪やのうて、大手柄や」

「ええと、つまり、『理性』でヴォルケと、竜と一緒にいることができるなら、それでモンフェルメの町も救われるなら、あたしは『理性』に頼りたいと思います」

「ちゃうちゃう、そういうことやない」

 フェデリコの言葉には、今度は苛立ちはなかった。ゆっくりと、まるで娘に言い聞かせるような口調だった。

「アレマン語はわかるか? アレマン語にはな、自由(フライハイト)っちゅう言葉がある」

「自由……ヒマっていうことですか?」

「暇ということでもあるし、奴隷が解放されたっちゅうことでもある。だが、ラテン語の自由(リベルタス)とはちょっとニュアンスが違う。『何をしてもいい』とか『束縛されない』いう意味以上に『何をすればいいのか、自分で考えろ』ちゅう感じやな」

「自由(フライハイト)……」

 ディアンヌはその耳慣れない言葉の響きを口の中で反芻した。フェデリコは続ける。

「主のおっしゃるように、聖書に書いてある通りに、坊主どもの言う通りに生きるのは簡単なんや。けど、そしたら、あんたの邦も竜も守ることはできんちゅうことやろ? 自分のやりたいことをやろう思ったら、そのやりかたを自分で探して、自分で決めなあかん。それが、あんたにできるか? っていうか、話わかったか?」

「……その、少しはわかったと思います。でも、決められるかどうか、わかりません」

「まあ、そうやろうな。まだ若い。勉強するこっちゃ。しかしまあ……」

 そう言って、フェデリコは寂しそうな笑みを浮かべる。「もう少しあんたが賢かったら、このままウチの宮廷につれて帰ろおもとったが残念やな」

「私はモンフェルメの騎士です。ローラン・ドゥコルヴェ副伯に忠誠を誓った者ですから」

 しゃちほこばって、そう言ったものの、ほんの少しだけ残念に感じたのは何故だったろうか。

 フェデリコの顔に、好々爺然としたもの以外の鋭い表情が垣間見えた。

「ええんや。この程度の任務を果たすには、あんたは十分賢い。自信を持ってええ」

「はい、ありがとうございます。ええと、任務って?」

「だから、竜の話をしてくれ言うたろうが」

「それは今フェデリコ様に……」

 ディアンヌは自分が勘違いをしていたことを悟った。ディアンヌは、このフェデリコというイタリア人と茶飲み話というには重い議論を交わすことで、モンフェルメへの援軍を得られると、少し前には考えていた。そうではないようだ。この会話は、本来の『任務』のための試験のようなものだったらしい。

 フェデリコは、さらりと言った。

「会議があんねん。この少しだけ北のリヨンでな」

 会議に招かれるのは名誉なことだ、と騎士になったばかりのディアナは肯定的に考えていた。だが、発言すれば、『あの小娘が』という目で見られるし、しなければ、そもそもなんで出席してたんだと思われるような気がして、会議からは距離を置きたいというのが最近である。

「あんたには、そこで儂の代わりに戦ってもらう」

「戦う? 会議でですか?」

「敵は異端審問官や。儂の大事なコレクションに竜の頭の骨があんねん」

「へえ?」

「本気にしとらんな。クマやワニのもんとは違うのは間違いない。ずっと大きくて」

「いえ、信じないわけじゃありません。ただし、モンフェルメの竜は死ぬと灰になって骨は残らないので、そういうものかな、と」

「え、灰になる? ほんまか?」

 フェデリコは、ディアンヌが知る限りはじめて動揺し、しばらく黙って考え込んでいた。やがて、口元に不敵な笑いを浮かべて頷くと、「それはそれで、おもろい仮説(ユポォセス)やな」

とディアンヌの理解出来ないことを呟いた。

「まあ、ええ。ただ、そのことは言わんようにな。話がややこしくなるさかい。とにかく、その竜を、奴らは異端や、云うとる。

 ディアンヌは暫くの間、言葉を探した。「異端っていうのは、人とか、街とか、本とか、そういうものが異端になるんじゃないですか? モノとか、動物とかは異端になるんですか? あ、本はモノですけど」

「その通りや。人の考えが入るもんが異端になるんや。だが、やつらは犬だろうが岩だろうが、狙ったもんはなんでも異端にする気や。儂の大事なコレクションもな」

「あの、そういうのは、多分、私は得意ではないです。聖書だって最初から最後まで読んだこともないし、書いてあることの半分もわからないですから」

「かまわんて。あんたは知ってること、経験したことをありのままに話せばええ。余計なこと、難しいことを考える必要はない」

「でも、負けちゃったら、その、援軍は」

「負けたら、そら、あかんわな」

 フェデリコはからからと笑い、笑顔のまま言った。

「がんばらなあかんね」

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