第三章 騎士ディアンヌはリヨンへ向かう

旅の道連れ

「うわ、これってなかなかスリルあるじゃない」

 怖いのをごまかすため、というより、本気で楽しそうに呟く道連れの声を聞いて、ディアンヌは後悔したものか、良かったと思ったものかしばし悩んだ。

 いま、ディアンヌとクララは、モンフェルメの町を右手に見ながら、それぞれの馬に乗って街道を北東に向かっている。つまり、町の城壁の前に布陣したフランス軍のまっただ中を進んでいるのだ。盆地に広がる畑を迂回し、森の中を通る道もあったが、今はフランス軍が木材の伐採中で、かえってこそこそしている印象を与えて誰何を受ける可能性があった。

 クララはワイン色の上品なチュニックに黒いケープを羽織った、裕福な商家の女巡礼という出で立ち。一方のディアンヌは浅葱色のサーコート姿で、主人に奥方の護衛を仰せつかった若い見習騎士という風情だ。

 ローランから与えられた任務をクララやアルフォンスに話すと、クララは是非とも自分も行くと言い出した。クララが従えてきた傭兵達を護衛につけてくれるのか、と思ったが、

「大丈夫。今は軍が出ているから治安はいいし、大勢でゆくよりかえって目立たないよ」

「まあ、それでもいいけど。それよりクララ、あなたが傭兵さんたちの傍を離れても大丈夫?」

「別にあたしが指揮するわけじゃないし、いざっていうときにも大丈夫なようにしてあるし」

 クララの言葉の後半はよくわからなかったが、ディアンヌは了解することにした。

 街道沿いにあった集落はの多くは放棄されて、大多数の住民は城内に避難していた。フランス軍は残った家屋の一部を司令部や他の用途に使っているらしい。他にもいくつもの天幕が立ち並び、臨時の厩にはたくさんの馬が繋がれている。少し離れたところでは攻城塔の組み立てが始まっていた。それは土台部分だけでも巨大で、四隅に大きな木の車輪がついていた。

 その攻城塔の基部で、修道士と白いマントの騎士が図面を挟んで何か話し合っている。騎士の方には見覚えがある。北の谷の戦いで指示を出していた男。

「あれがベランジェ・ドゥガイヤールよ」

 ディアンヌがクララにささやく。クララは「見ない方がいい」と前を向いたまま言った。

 まるでその声が聞こえたかのように、ベランジェが顔を上げた。藁色の髪に青い目、教養と知性を感じさせる顔つきだ。その青い目が、まるで吸い付けられるようにディアンヌを捉えている。ディアンヌは体中の毛穴から冷たい汗が噴き出すのを感じた。

「おい、巡礼」

 しかし、その粗野な大声は、ベランジェがいる方とは反対側からかけられた。びっくりして振り向くと、汚らしい灰色のひげを生やした目つきの悪い騎士が馬に乗って立っている。ディアンヌとクララは仕方なく馬を止めた。

「どっからきた」

「カタルーニャからです」

 答えたのはクララだ。ディアンヌは、一応、男の振りをすることになっている。ディアンヌの声は女としても高い方なので、しゃべらないことにしたのだ。

「ナルボンヌの親戚に結婚の祝いを、と」

「なんか、たよりねえ用心棒だなあ。こんな騎士で大丈夫か、奥方? 戦がなければ俺が替わって用心棒をやってやるんだがなあ」

 そう言って、その粗野な感じの傭兵はディアンヌのことをじろじろと見る。 

 やばい、思い出した。こいつはベランジェの隣にいた、ディアンヌが最初の一撃で落馬させた奴じゃないか。

「弟です。若いですが、腕は確かですわ。先日も賊をまとめて数人膾にしてやりましたの」

 クララ、やめて、いつもの調子でしゃべっちゃだめって、言ってたのに。

「……ほう、そりゃ確かかもしれねえな。……行け。気をつけてな」

 ディアンヌは頭を下げて、『検問』を通過する。後から、小走りにやってきたベランジェと下品な傭兵騎士の切れ切れの会話が届く。

「騎士トーマス、あの騎士は……」

「ベランジェ、周辺の村には知らせを出したのか? さっきの一団といい、あんなのがうろうろ通ってたら、危なっかしくてしょうがねえぞ」

「知らせは出しましたよ。それより、あの騎士ですが」

「悪いな、騎士なんか見てなかった。奥方の方は美人だったがな」

 最後に聞こえていた会話の末尾は、あまり愉快なものではなかったが、とりあえずディアンヌはほっとする。

「もう、クララ、駄目だよあんな言い方しちゃあ」

「あんたが、きょろきょろするからでしょ、しっかりなさいよ」

 お互い、目を見合わせ、肩をすくめて笑う。

 フランス軍の陣をぬける辺りまではひそひそ声で、周囲に人がいなくなると、もう谷中に聞こえるような声で二人はおしゃべりをはじめた。

 クララが少し意地悪そうな心配そうな顔でディアンヌをのぞき込む。

「大丈夫? ディアンヌ、あんた、ちょっとうわついてるよ」

「そんなことないよ。大変なことだってわかってる。でも、私、モンフェルメ以外の土地なんて、それこそ三回くらいしか行ったとがない。最後に行ったのがトロサで、もう四年前」

「こんな山奥の町娘としちゃあ贅沢ないいぐさね。竜でひょいひょいってわけにはいかないか」

「竜騎士団はピレネーの周辺だけ。そもそも遠くには行けないし」

「そうなの?」

「竜はモンフェルメを守るためにいるの。遠くまで行けと言っても、嫌がるんだ」

「ふーん、いろいろ謎が多いのね」

「それより、クララ、私にはあなたの方がずっと謎よ。女だてらに傭兵隊長なんて」

「だから、あたしは洗濯女であって隊長じゃない」

「そう? 傭兵の人たち、あなたのこと敬ってるように見えたけど」

「洗濯女は隊長より偉いのよ」

 ディアンヌは笑い、クララも笑った。

 クララは少し真面目な顔になって、話しはじめた。

「あたしはね、ここからもう少し北にいったところの、地方領主の家に生まれたの。それで一五かそんくらいのときに、実家がいろいろ大変になって、あたしは修道院送り」

「うえええ、だって、修道院て、すごい厳しいんでしょ? 朝から晩までお祈りばっかりで、しゃべっちゃいけないし、笑っちゃいけないって」

「あたしのとこはそうでもなかった。野良仕事とか、野草摘みとか、お裁縫に、歌に、お勉強、うん、大変だったけど、結構楽しかったよ。僧房だったらおしゃべりもできたし、あとは、課業の時間はしゃべっちゃいけないから、手信号でね、おしゃべりするの」

「ええ本当! おもしろい! 竜騎士もやるんだよ、手信号」

「勉強も面白かった。ラテン語の読み書きに英語にアレマン(ドイツ)語。あと、サラセンの言葉も勉強した」

「い、異教徒のことばを? あのにょろにょろってやつ?」

「そ。十字軍が持ち帰った本とか沢山あったみたい。お姉さん達は薬の調合もやってたなあ。あたしも少しは勉強したけどね」

「でも、やめちゃったんだ、修道院」

「そう。修道院そのものに異端の疑いがかけられてね」

 ディアンヌは黙ってつばをのみこんだ。クララの言葉は続いた。

「修道院長や五人くらいが、火あぶりにされた。女子修道院の建物は荘園ごと別の修道院になっちゃたし、終生誓願をたてていた子の多くは別の修道院に移ったりしてちりぢりになっちゃってね。そのときに、あたしも、なんとなく行き場所がなくなって、実家に戻ったりなんかしてるうちに、今の傭兵隊と一緒になってさ」

「ひっどい話! でも、なんでむざむざ火あぶりになんかされちゃうの?」

「ディアンヌ」

 クララは、寂しさと優しさをないまぜにしたような表情で、ディアンヌに微笑みかけた。

「異端と呼ばれるひとは、異端だから火刑台にのぼるんじゃない。自分の信じる道がそこにしか残っていないから、そうするの。聖書にも載っていない言葉を言ったり、信じてもいない奇蹟を敬ったり、何の意味もない聖遺物をありがたがったり、そういうことをして自分と人をだまし続けるくらいなら、さっさと主のもとに行くことこそが正しい道じゃないかって、院長先生達はそう考えたんだと思う」

「あたしには……わかんないかも」

「ふふ、いいよ、ディアンヌ。そんなに思い詰めて考えることじゃないから」

 ディアンヌが、つい、物思いに沈んでいると、ねえねえ、とクララが陽気な声をかけてくる。

「で、あんたの方はどうなのよ。やっぱあれ? 狙いは王子様?」

「はあ? エクトール? 冗談じゃないわよ、あんな泣き虫、そんなのありえない」

「ええ? そうなの? 副伯爵様からすれば、あんたを嫁に迎えれば、息子は喜ぶ、ラングレ家の領地も吸収できるで言うことないじゃん」

「うちの領地なんて五〇人扶持もないのよ? そんな領地を手に入れるために大事な一人息子を使うわけないし」

「へえ、結構考えてるんだ」

「当たり前よ。父から受け継いだラングレ家をなんとしても残すの。まずは、エレーヌの嫁入り先を決める。それから、養子でもとろうかな、って思ってる」

「あんたは結婚しないの?」

「だーかーらー、結婚したら、ラングレの家を出て行かなくちゃいけないでしょ?」

「まあ、そうだね……あ! さては、あんた、そうやって、裏で密かにアルフォンスと」

 一瞬、呼吸が止まるかというほど驚いた。

「だだ、だ、だってアルフォンスは従者よ? 何考えてんのよ全く!」

「……はあ、なんというか。あの子が良い子だってのは認める。でもさ、あの子はやめた方がいいと思う」

「どうしてよ! アルフォンスを侮辱する気?」

「なんていうか、時々いるのよね。家族とか恋人おいて、思い詰めて出家しちゃったり、火刑台に登っちゃったりするのがさ」

「ちょっと待って、アルフォンスは異端なんかじゃない」

「いや、だからそういうことを言ってるんじゃなくてさ……ああ、やっぱりあんたバカ?」

「……決闘の申し入れなら受けるわよ」

 拳ほどの長さだけ剣を抜いてから派手に音をたてて鞘に落とし込む。クララは恐れた様子もなく満面にいたずらっぽい笑みを浮かべている。ディアンヌもこれ以上怒ったりする理由はない。アルフォンスに対する気持ち、エクトールやエレーヌに対するものとも違う気持ちの正体を、ディアンヌは考えないようにしている。アルフォンスの性格がどうであろうと、ディアンヌが自分の気持ちに気づくことは決してラングレ家のためにもモンフェルメにとっても良いことにはならないだろう、それくらいは「バカ」なディアンヌでもわかるのだ。


 針葉樹の森の中を北に向かう街道。日が傾きはじめ、里程石の消えかけた文字から次の村までの距離を読みつつ、少しだけ馬の行き足を速めた。その直後だった。

 馬のいななきと、男の悲鳴が、向かう先から聞こえた。悲鳴がまた一つ、今度は女のものだ。

 ディアンヌはクララと顔を見合わせる。

「行く?」

「うん」

 二騎は速足で夕暮れ迫る森を走った。もちろん、ディアンヌだって自分の役目と立場は心得ている。いきなり剣を抜いて突撃するような真似はしない。しかし、緩やかに曲がった道の向こうから剣戟の響きが聞こえると、思わず腰の剣を確かめた。

「見えたっ」

 クララが声を上げたのと同時にディアンヌの視界にも入った。荷馬車が二台、道の真ん中をふさぐようにして停まっている。馬はいない。周囲には旅装姿の数人の男女が倒れていた。

 馬足を落としながら近づき、馬から下りて助け起こす。誰もが酷い刀傷だった。七人ほどの男女のうち、息があったのは三人ほど、しかし、その三人ともに虫の息だった。

 金目のもの目当ての盗賊だろう。倒れている人はいずれも地味ながら良い生地の服を着ているようだ。その中の一人の年配の女性を助け起こそうとして、ディアンヌは息を呑んだ。

「この人……」

 見覚えがある。モンフェルメの住民だ。たしか町で裁縫店をやっていた人だ。それに向こうで倒れていた人も、町で見かけたことがある。戦争が始まるといって、逃げ出す人達がいるのはしょうがない。だが、こんなところで死んでしまってはもともこもない。

 何よりディアンヌが悔しかったのは、竜騎士団がいれば盗賊の狼藉など許すはずがなかったからだ。その隣でクララの面持ちはかつて見たこともないほど悲痛だった。

「やっぱり」

「え?」

 クララは、まだ息のあった一人の女性を抱え起こした。そして、大きな声で話しかけた。「ねえ、しっかりして。慰めが必要?」

 まだ老人というには早い女性は薄目をあけ、弱々しく、しかし、はっきりと頷いた。

「いい。何もしゃべらなくていい。心の中で唱えるだけでいいから」

 クララは慌ただしく祈りの言葉を何度か唱え、「全ての罪の許しを請いなさい」と、びっくりするほど厳かな調子で言った。そして、「あなたの魂は救われたわ。いつでも主の御許へいきなさい」と言うと、女性は安心したように笑顔を浮かべ、目を閉じた。

「ごめんね、他の人にも慰めを施さなくてはならないから」

 クララはさらに息のあった人たちの元にひざまずいて、同じような祈りを繰り返し、さらには死んでしまった人たちの遺骸にも語りかけた。

 ディアンヌはそんなクララの懸命な姿を見て、ああ、修道女だったっていうのは本当だったのだ、と思った。しかし、最初からかすかな違和感が心の奥でうごめくのを抑えきれなかった。その違和感は、クララが献身的とでもいう熱心さで犠牲者達に語りかけ、優しげな表情で祈りを重ねるにつれ、大きくなっていった。

 ディアンヌも両親をはじめ、人の死に臨んだことは何度もある。聖職者が祈りを捧げ、油を塗るのだ。しかし、クララのやりようは明らかにそれと違っていた。ましてクララは司祭でも司教でもないし、修道院に属しているわけでもない。聖職者でない者が捧げる祈りなど、何の価値があるのだろうか。

 いや、ディアンヌは知っていた。聖職者でもない者が捧げる祈りのことを。

 クララが、全ての祈りを終えて、ディアンヌの方に向きなおったとき、ディアンヌが後ずさったのは、その服や手についたおびただしい血におののいたからではなかった。

「……あなたは……クララ、あなたは司祭じゃない。祈りで魂を救うなんてできないはず。なんで、そんな不遜な真似をするの!」

 クララの顔には悲しみを薄めて作ったような安らかな笑顔があった。

「不遜じゃない、ディアンヌ。あたしには彼らを、帰依者を救うことができる」

「まさか……だって、あなたは……あなたはまさか」

「驚くことはないでしょ。確かに、あたしはあなた達、正統の信徒が言うところの異端の聖職者、『良き信徒』達を導く者、完徳者(パルフェ)よ」

「だましたのね! 私達を、閣下や、モンフェルメの人たちを!」

 ようやくディアンヌに理解できたことがあった。

 モンセギュールでフランス軍に抵抗した異端が、モンフェルメに逃げ込んだという難癖、それをディアンヌ達は濡れ衣だと考えていた。そんな者はモンフェルメにいない、と信じていたからだ。そうではなかった。異端は傭兵隊のふりをして、実はまんまとモンフェルメに潜り込んでいたのだ。

「じゃあ、何、あたし達を『異端を見つけました、この人たちです』っていってフランス軍に突き出せば、彼らが帰るとでも思うの?」

「それは……」

「そう考えていたなら、とんでもないおめでたい騎士さんだわ。まあ、いい」

「よくない! だって、あなたは異端なんでしょ? あたしは……」

「異端だったら、もう話もしたくない? 異端が感染る? はは、それとも自分も異端だと思われるのが怖いの? 異端の何が嫌なの?」

 ディアンヌはクララと視線を合わせることができなかった。うつむき、下唇を噛みしめ、自分でもわけのわからない言葉を呟くしかなかった。

「異端は……よくないわ。恐ろしいことになる。だって終油を受けられない。地獄に堕ちるの」

 それは、幼い日の記憶だった。村はずれに固まっていた数件の家が、実は異端の人々だと言われていた。その家の老婆が死ぬとき、家人達は必死になって周囲の村落に異端の聖職者を捜した。しかし、折から強くなっていた異端審問の影響はこの地にも及んでおり、結局、老婆は死に際して救慰礼をうけることができなかったという。その家の者達が間もなく夜逃げしたのは、西にある大きな異端のコミュニティに加わるためだろう、そんなことをずっと後になって聞かされたものだ。

「この人たちもそうよ。イタリア北部(ロンバルディア)に『良き信徒』がまだたくさん住んでいる土地がある。そこへ逃れようとしていたの。ディアンヌ、あなただって知っていたんでしょ? モンフェルメにだって『良き信徒達』はいるってこと。たぶん、この人達は、今回の戦争が始まって居づらくなってしまったんじゃないかしら」

「そんなことない!」

 ディアンヌは声を荒げた。

「モンフェルメの人達は、そんなに心が狭くない! 異端だからって、そんな理由で町を出ていく必要なんかないのに……それで死んじゃうなんて…… 」

「……わかった、ディアンヌ。とにかくなんとかしよう」

「なんとかって」

「この人達の遺体よ。『良き信徒』にとって魂の抜けたあとの遺骸には何の価値もない。道ばたで野ざらしにしておいてもいいけど、ディアンヌはそれでいい?」

「……わかった。埋めてあげたいから手伝って」

 埋めると言っても土を掘るための道具など、剣の鞘くらいしかない。せいぜいが土と落ち葉を上からかけるくらいが精一杯だろう。ディアンヌは、何か道具でも残っていないかと、荷車の上に上がろうとした。すると。

「きゃあっ」

「ど、どうしたの?」

「ひと……」

 荷車の真ん中に一人の男が倒れていた。剃り上げた頭と褐色の粗末な僧服を見れば、修道士だとすぐにわかる。しかし、死んでいないことは一目瞭然だった。血色はよく、怪我もしている様子はない。

「あら、この人にお祈りは必要なさそうね」

 軽口を叩くクララをひとにらみして、ディアンヌは修道士の肩をつかんで揺らした。

「……う、うーん」

 うなりながら修道士は身動きし、やがて目を開いた。

 濃い青い瞳がディアンヌを見上げている。「ええと、あなたは……」

 ディアンヌは、わずか数秒であったが、その青い瞳を見つめていた。我に返り、まずは手をさしのべた。

「ああ、ありがとうございます。ええと、騎士殿」

 年齢は三〇を過ぎたくらいだろうか。ひょろりと背が高く、頬がこけ、異様にやせている。それでも肌はつやつやとしていて、目は生気にあふれた輝きを放っていた。平たく言えば、美青年という分類に入った。

「失礼しました。拙僧はドミニコ会修道士ウィリアムと申します。助けてくださり、ありがとうございました」

「私はモンフェルメの騎士ディアンヌ・ラングレ。別に助けたって……わけじゃないけど……」

「そう。あたし達は何もしていない。あたし達が来たときにはみんな死んじゃってた。あんた以外はね。ああ、あたしはクララ」

 そんなそっけない言い方をしなくても。と、ディアンヌはまたクララを睨みつける。クララはきつい視線で睨み返す。

「そうでしたか。お世話になったのに、かわいそうなことを」

 ウィリアムは目を閉じ、口の中で祈祷文を唱えた。

「で、お坊さんはどこに行こうとしてたの?」

 投げやり気味にクララが訊くと、ウイリアムはあっさりと奇妙なことを言った。

「ええ、モンフェルメへ」

 ディアンヌとクララは顔を見合わせる。荷馬車の信徒達は北西を目指していた。モンフェルメは反対方向だ。

「あのー、知ってると思うけど、モンフェルメは今フランス軍と戦争してるわよ」

「ええ、知ってます」

「っていうか、お坊さんの乗った荷馬車はこっちに向かってたんでしょ?」

「そうですよ。ロンバルディアの方まで行くというので、じゃあ、ナルボンヌまで一緒に行こうということになって」

「いや、だ、か、ら、ナルボンヌはこっち、モンフェルメはあっち!」

 左右に両手を広げたクララに、ウィリアムは怪訝そうな表情を向ける。「本当ですか」

「っかー、おい大丈夫か、ドミニコ会士!」

 天を仰いだクララに替わり、ディアンヌが説明する。

「この辺の人じゃないのね? 無理もないかもしれないけど、方向が逆」

「なるほど。実は、生まれ故郷でもイル・ド・フランスでも、どうも地理は苦手なのです。失礼ですが、奥方様達はどちらへ?」

 ディアンヌとクララは顔を見合わせた。ここまでくれば別に隠し立てすることもないし、ましてわざわざ任務についてしゃべる必要はないのだ。ディアンヌが答えた。

「……リヨンへ」

「じゃあ、拙僧もお供してよろしいでしょうか?」

「え、だって、あんたモンフェルメに行くっていったじゃない!」

「地理が苦手と申しあげたとおりです。まずナルボンヌに行き、そこでモンフェルメに行く人を探します。ですから、どうかご同行をお許しください」

「わけわかんない」

「あたしは、まあ、いいけど……」

 ディアンヌはそう言って、しまったと口を押さえる。クララは案の条、不機嫌そうな顔でウイリアムを睨んでいる。

「ああ、もちろん自分は、自分で言うのもなんですが、敬虔なドミニコ会士です。決して奥方様達に手を出すようなことはしませんし、ああ、もちろん、それはお二人の女性としての魅力が足りないというつもりは毛頭ありませんが」

「修道士にとっちゃ女は悪魔の回し者ですものね」

「ああ、それは間違いです、奥方様」

 ウィリアムは明確に宣言し、クララは首をかしげて、面白そうな表情を見せた。

「我々修道士は、可憐な少女や麗しい奥方様が我々に懸想をするなどという幻想を信じることはまずありません。ただ、想像力が豊かすぎるので、風が運んだかすかな香り、落ちた髪の毛の一本からでも理想の女性を作り出し、自らの心に住まわせてしまうことができる。悪魔の使いと呼ばれるのは、この想像上の心の中の女性のこと、現実に存在する奥方様達のことではありません」

 クララは、にやりと笑い、「変態坊主め」と言った。

 多分、気に入ったのだろう、とディアンヌは安堵のため息をついた。

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