箱船なる島
明日志磨
第1話
「ナイト3! 何があった!? ナイト3! 応答せよ! ……Shit!」
ジェラルド・R・フォード級原子力空母『オバマ』の艦橋はCICより入った緊急伝に困惑、いや混乱の様相を呈していた。
「信じられん……ナイト3が味方機であるロード2を撃墜しただと……!?」
「ナイト3は依然敵対行動をとっています!」
「くっ……何故だ!?」
まさか自分の座乗艦にテロリスト思想を持ったパイロットでもいたのか? だがその虚実を確認している時間など無い。
今こうしている間にも友軍機は危険な状態に置かれ、また任務遂行の妨げとなる。歯痒い思いをしながら、艦長はその責任と権限でナイト3の撃墜を下命するしかなかった。
「まさか味方同士で殺し合う羽目になるとは……査問会の特等席で缶詰だぞ……下手をすれば……いや、確実に……」
今後の進退問題にすら発展する。艦長は鉄で閉じられた艦橋の天を仰いだ。
「ナ、ナイト5が撃墜されました……撃墜しやがったのは……ナイト6です!」
「……ッ!?」
その凶報は艦長のみならず、この状況を知る全員の思考を白紙化させた。
「艦長! ロード隊が反転して我が方に戻って来ます! いや……ロード隊だけではありません! 先ほどまで戦闘状態だったナイト隊も全機がこちらへ向かって来ています!」
「……正気に戻って、投降する気になった……訳ではなさそうか?」
頼む、そうであってくれという神への懇願は悪魔によって遮られた。
「全機、呼びかけに一切応じません! このままではすぐに艦隊上空に到達します!」
「まだ呼び出し続けろ! 対空戦用意! ただし命令があるまで撃つな!」
自分の双肩に預かる数千人もの命。その重い職責だけが、かろうじて冷静さを失わせずに今の艦長を動かしていた。
「ロ、ロード隊、ミサイル発射! 続いてナイト隊もミサイルを発射! うち4発は我が艦が標的です!」
「Shit! 頼むぞ、神の盾……!」
『オバマ』を取り囲むように配置された、イージスの名を冠するアメリカ海軍が誇る護衛艦隊から、迎撃用のミサイルが各々のVLSより連続発射される。だが迎撃行動をとったのは艦隊の半数程度だった。
なぜ撃たないと、彼らに問いただす前に残りの艦隊から早い“返答”が来た。ミサイルではなく艦の前部に搭載された主砲を発砲してきたのだ。……味方の艦に向かって。
「Jesus! 何がどうなってやがる!?」
だが直面の危機として、本艦に向かってくるミサイル群を護衛艦抜きで何とか処理しなければならない。『オバマ』は自らに搭載された個艦防御用の短SAMやCIWSまでもを動員して、それらを何とか迎撃した。
攻撃機には対艦兵装ではなく、パーク攻撃用の対地装備がなされていた事が迎撃を容易にしたようだ。
しかしそれは不幸中の幸いと言うには余りにも小さな救いでしかなかった。
不意打ちを食らって火達磨となった僚艦を押しのけるように、“反乱”を起こした駆逐艦群がこちらへと矛先を変える。
「やばいぞ! 当海域より全速力で離脱! 早く新たな攻撃隊を上げて迎え撃て!」
彼我のスペックを知り尽くした艦長にとって、それが不可能であると知りながら、それでも叱咤するように命令した。
「艦長! あれを見て下さい!」
その時、双眼鏡を覗いていた副長が声を荒げて指を指し示すと、その場にいた艦橋スタッフ全員が窓際に殺到し双眼鏡を覗き込んだ。
「なんだあれは……!?」
艦長達が目撃したその光景は、俄には信じ難い物だった。双眼鏡越しに出来の悪いSF映画を見せられているとすら錯覚したが、残念ながら紛れもない現実の光景だった。
「Oh!My God!」
誰かが叫んだ。もしかしたらそれは艦長自身だったのかもしれない。
双眼鏡の中に映るそれは、巨大な“目”が浮かび上がり、黒く、不気味な影に浸食されたかつての友軍の成れの果てだった。
「馬鹿な……なんだあれは!?」
「もしかしたら攻撃隊が狂ったのもアレのせいなのか……!?」
ざわめく部下達。完全に統制を欠いていたが、それを誰も咎められずにいた。
「アレは一体なんなのだ? 事前のブリーフィングでは何の説明も無かったぞ!」
「艦長、パークでの異常事態はセルリアン化した無機物が暴走しているとの事でした。アレは友軍がセルリアン化したものではないでしょうか?」
「……サンドスターが無機物と反応してセルリアン化する現象は私も説明を受けた。だがこのタイミングで尚且つ、我々だけがピンポイントで狙い撃ちされるのは何故だ? パークには人工物が沢山あるんだ。これほど的確に、そして急速にセルリアン化するのならば、とっくの昔にパークはセルリアンで埋め尽くされている筈だぞ!?」
「艦長……これは私の勝手な憶測なのですが、もしかしたらサンドスターには自我、もしくは高度な判別プログラムがあるのかもしれません。パークには確かに園内バスや遊覧機がありますが、それらは当然非武装です。“奴ら”にとってみれば脅威度は低い筈です」
「……サンドスターが我らを“脅威”と判断した、そう言うのか?」
「全て私の妄想の域を出ません。しかし園内の無機物にはほとんど反応せず、我々だけに過剰反応した“何か”があると愚考します」
副長の言葉を鵜呑みにした訳ではないが、艦長の背筋に形容しづらい悪寒が走った。
「副長、回線は生きているか? 一刻も早くホワイトハウスに繋げ! ……たとえ差し違えてでも、今ここで奴らを―――」
その時だった。海中から白煙を上げて何かが飛び出した。SLBM……潜水艦から発射される弾道ミサイルなのは間違いなかった。
「まさか原潜も奴らの浸食を!?」
「……方角と射程から考えて目標はロシアか中国かと推測されますが……残念ながら、本艦のレーダーはたった今ダウンしたと……」
「そんな馬鹿な……人類の終焉が、まさかこんな形で訪れるとは……」
誰もが重く沈黙する中、艦橋が爆炎に包まれた。血炎に包まれながら艦長は最後の思考で、ふとあの島だけはどの国のICBMも標的化してはいないだろうと思索していた。
「……偶然か、必然か……あの島がノアの箱船と化した、か。……だが、今回はそれに人間が乗ってはいない……」
そこまで考え、艦長の思考は途絶した。
箱船なる島 明日志磨 @edcrfvtgb
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