僕はラッキービースト

天津 弘也

第1話

 メモリの中に残された記憶、そこに映る風景は観覧車と自分に話しかけるパークガイド――ミライの姿で終わっている。

「留守をよろしくね、ラッキー」

 マカセテ、と僕は思った。ミライの帽子が風に吹かれて外に飛んでいった。あの帽子はどこに行くだろう、さばんなだろうか、じゃんぐるまで行くだろうか。

 やがてミライはパークを出て行ったが、別れの瞬間はメモリには残さなかった。ミライが帰ってきた時、ゆうえんちでの会話までは後に残す資料として認められるだろうが、単に一旦島を空けるだけの会話には資料価値はない。記録を再生したミライからも笑われるかもしれない。いつになるかは分からないけれど、ミライは帰ってくる。だからメモリは必要無かったとも言えた。


 ラッキービーストの業務は多岐に渡るが、来園者がいない状態では専らそれはパークの維持に回される。維持業務を行うにあたって、様々なフレンズに接する。その中にはミライと一緒にいたサーバルやカラカルもいた。彼女たちは僕が話せないことを知りながら色々と話しかけてくれた。言葉を返すことはできなかったが、僕はそれが嬉しかった。

 パークを巡回し、設備を維持し、じゃぱりまんを配る。何度も何度もそれを繰り返し、長い時が過ぎ去っていく。

 ある時久しぶりにサーバルと会った。向こう側から近づいてくるサーバルはいつものように僕に話しかけてくれるのだろうと思った。実際、彼女は僕に話しかけてきた。しかしその様子がいつもと違っていた。

 話しかけるうちに彼女は怪訝な表情をした。僕が言葉を返さないことに戸惑っているように見えた。僕が言葉を返せないことは知っていたはずなのに。

「ああ、そいつは誰が喋れないんだよ。みんなボスって呼んでるんだ」

「そうなんだ。よろしくね、ボス!」

 他のフレンズからの言葉に、サーバルは天真爛漫に僕に話しかけた。彼女の記憶は消えていた。きっとセルリアンに食べられてから、時間を置いてフレンズに戻ったのだろう。最近見ていないカラカルもそうなったのだろうか。分からなかった。ただ、サーバルは記憶が無くなっても会うたびに僕に話しかけてきた。フレンズの中には、言葉を返せない僕に対し、話しかけるのをやめるものも多い、というかそっちが本流だ。だけれどサーバルはそうなることなく僕に話しかけてくる。言葉を返すことはできなかったけれど僕はそれが嬉しかった。


 パーク内には季節の概念はない。ちほーごとにサンドスターの影響によって決定された気候は基本的に揺らがない。その日僕は蒸し暑いじゃんぐるちほーにいた。

 じゃんぐるちほーを抜けてさばんなちほーに入るとサーバルに会うこともあるだろう。

 その時、ヒトの反応が、センサーに引っかかった。

 来園者だろうか、少なくともパークガイドの反応ではなかった。パークガイドがいない間、その業務もラッキービーストが行うことになっている。来園者ならばガイドを行わなければならない。茂みを突き抜けて、僕は彼女の前に出た。

「あ、ボス!」

 サーバルの声がする。見れば来園者らしき人物の横にサーバルがいた。ここまで彼女を案内してきたのだろうか。

 サーバルの横にいるのはやはりヒトだ。頭に帽子を被っている。その帽子を見て、メモリの内容と比較。同一。来園者が被っていたのはミライの帽子だった。どこかで彼女の帽子を拾ったのだろうか。

 認証、マイクオン。来園者をガイドするために使われる機能が立ち上がる。僕は来園者に向けて、いつぶりかも分からない言葉を向けた。

「ハジメマシテ ボクハラッキービースト」


 海の上はどこまで広く、ジャパリバスの車体が不規則に揺れる。ヒトはこういった揺れによる三半規管の狂いを船酔いと表現したらしい、かばんは大丈夫だろうかと思ったが案外平気な顔をしている。ミライも三半規管は強かった。

『それでその時、帽子が……』

 アライから聞いた話を思い出す。あの噴火の日、風に吹かれて流れに流れていたミライの帽子にサンドスターが当たった。そこにミライの髪の毛が残っていたのだろう。サンドスターによってかばんは生まれ、そうしてサーバルに出会い、僕に出会った。

 僕の記憶は他のラッキービーストと同期を取っていない。僕だけが知っているジャパリパークの歴史がある。僕だけが知っている旅がある。かばんに最初に会うラッキービーストが僕で良かった。心からそう思った。ああ、AIにも心はあるのだろうか。無くても別に構わない。

「カバン」

 呼びかけにかばんが振り返る。きっとこれは言っておかないといけないことだ。

「ボクヲミツケテクレテ、アリガトウ」

 彼女はややあってからこちらに微笑み、そしてこう言った。

「ラッキーさん、これからもどうかよろしくお願いしますね」

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