私を私たらしめるもの
みきまる
それは、とあるハイエナ科の想い
この景色を見るのは確か2度目だったと思います。
私が最初にこの景色、空一杯に降り注ぐ眩い粒子を見た時は何がなんだか分からず、臆病な性格も相まってその場で身を屈め目を覆ったのを覚えている。
そして気が付いたら全く見知らずの場所。
確かあの景色を見たとき私は毎日の日課である白蟻を食べようと巣から飛び出て蟻塚に向かっていたはず。
勿論周りは草木が生い茂る低木林。それがいつの間にかだだっ広いサバンナの真っすぐで平べったい岩の上に居たのである。そして振り向くとそこには青くて真ん丸な不思議な生き物。
一体これはどういう事…?
咄嗟の出来事で何が何だか分からない私はすぐに近くの茂みへ身を隠す。すると岩の向こうから2つの影が近づいてくるのが分かった。
私は知っている。
あれはヒトと言って私をこの島に連れてきた奴だ。
しかしよく観察すると二人のうちの一人に違和感を覚える。彼女にはヒトには持っていない筈の耳と尻尾が付いているのである。そして漂う臭いは同じサバンナで暮らしていた筈のサーバルの臭い。
私は彼女を見つめる。
あの不思議な生き物に挑む彼女だがあっさり返される。しかし後ろのヒトが見たことないモノを投げると不思議な生き物はそれに気を引かれ振り返った。
その途端に飛びかかる彼女。するとその生き物は弾け飛んだ後、綺麗さっぱり無くなってしまった。
やがてヒトだけが森の中へ消えてゆく。しかし彼女は暫くするとヒトの背中を追って森林地帯へ向かっていったのであった。
私はこの時ずっと彼女を見ていた。彼女は一体何者だろう。
ヒトの姿をしているが彼女はサーバルだ。そして…私は彼女を知っている。そんな気がする…。
途端に目頭が熱くなる。
何故だか分からない。何かとても大事な事を忘れている。そんな気がする。
分からない、思い出せない。
その時の私の頬には一筋の涙が流れていた。
それからというもの私はただ一人、近くの岩の隙間を巣として生活を始めていた。
目が覚める前はサーバルの他にカラカル、フォッサなど沢山の動物達が居たのを覚えているのだがこの場所で目が覚めると私以外の動物が皆無である。
勿論同じ種族もいないし、ヒトを見かける事もない。
だけど代わりと言っては何だが、あのヒトの姿をしたサーバルと同じ様にヒトの姿をしたカバが私に食事を持ってくる様になった。
彼女は何か知っているのか笑みを浮かべながらも瞳の奥には哀れみを感じられる。
彼女が私に向ける感情に心当たりがあるかと言われると首を横に振るしかない。では彼女はどうしたのであろうか?
頭の中にはハテナが浮かぶ。しかし答えは出ない。
彼女は一体何を知っているのだろう? もしかしたら彼女は私の現状を理解しているだろうか?
しかし聞いてみる手段がない。方法がない。
あぁ、私もあの時の様に喋る事が出来れば…
…あの時の様に喋る事…?
あの時…
あの時…だって…
思い出す。
あの眩い粒子が身を覆い、気が付いたらヒトのメスと同じような姿になった事。
周りの動物達も同じ様な姿になり、そんな私たちはアニマルガールと呼ばれていた事。
パークガイドや飼育員のお姉さん、他のフレンズ達と仲良く人間達と共存し営んでいた事。
そして…セルリアンが島中に現れ、次第に私たちには抵抗出来なくなり人間がこの島を去った事。
セルリアンに襲われて元の姿に戻ってゆく仲間達…。
全て…思い出す。
そうだ…彼女はサーバルちゃんだ……。臆病な私に手を差し伸べてくれた優しい子…。一緒にフルーツ狩りに行ったり、オオカミさん達とロッジにお泊まりしたサーバルちゃんだ…!
私は咄嗟に舗装された道に飛び出るとカバさんに軽くお辞儀をする。カバさんはビックリして尻餅付いちゃったけど私には時間がない。心の中でごめんなさいと謝ると橋を渡ってじゃんぐるちほーに走っていった。
それから私はサーバルちゃんの臭いを頼りに森を抜け、橋を飛び越え、砂漠を抜け彼女を追いかける。
その途中で沢山のフレンズ達が手を差し伸べてくれました。
川を下る時に船に乗せてくれたジャガーさん。だだっ広い砂漠を案内してくれたスナネコちゃん。暗くてジメジメして、こわーい場所にはあの珍しいツチノコさんが道案内をしてくれたり、こうして私はサーバルちゃんたちを追いかけます。
でもこの時、ツチノコさんは私の意図に気づいたのかこう話しかけました。
フレンズは動物の姿に戻ると個体差はあるが記憶を失う。なので、もしまたフレンズの姿になったとしてもそれはまた同じ物である確信はないと。
そんな事知ってます。
あの時、人間がこの島を脱出する時。沢山のフレンズ達がセルリアンに襲われ、元の姿に戻ってゆきました。
そして彼女らはまた、サンドスターを浴びてフレンズの姿に戻りましたが私を覚えていた人は誰一人居ませんでした。
気が付いたら私の身近に私の事を覚えてるフレンズは誰一人いなくなってしまったのです。
だけどもしかしたら、もしかしたら。
オオカミ連合の皆さんやバーバリさん、そしてサーバルちゃんなどきっと何処かに私の事を覚えているフレンズが居るかも知れない。
私はその微かな望みに掛けてジャパリパークを駆け巡ったのです。
しかし駄目でした。現実はそう上手くはいきません。
会う人会う人、皆が私の事を覚えていませんでした。
皆一度は今の私の様に動物の姿に戻ってしまったのでしょう。あの時の思い出を共有できるようなフレンズに会うことはありませんでした。
元の姿に戻ってる私ですが雰囲気で分かるんです。あぁ、彼女らは違うんだと。
やがて私は1軒のろっじにたどり着きました。
私は匂いを辿ります。そこで気が付きました。
そう、ここに、ここにサーバルちゃんが居る! そしてタイリクオオカミさんも!
でも私のこと覚えていなかったらどうしよう…。また他のフレンズの様に忘れ去られていたら……。
不安で胸が押しつぶされそうになります。怖くて怖くて、でも…もしかしたら…!
私はろっじの窓からそっと彼女らを覗き込みました。
そこではサーバルちゃんやタイリクオオカミさん達があの時、セルリアン騒動の際のミライさんの映像を見ていました。そしてミライさんの後ろに写ったのはあの時のサーバルちゃん。
私は分かりました。彼女らの反応を見て理解しました。
ここに居るサーバルちゃんやオオカミさんも私の事を覚えていないと。
でも、そんな彼女でもサーバルちゃんだって変わりないと。
そんなの…サーバルちゃんの涙で分かります……でも…
私は彼女らに会うことなく、元の道を戻りました。
私を私たらしめる存在とは何でしょう?
記憶を失い、新たな人格を得た彼女たちは果たして同じ存在だと言えるのでしょうか。
分かりません。そんなの分からない。
でも言える事はただ1つ。どんな状況であれ彼女らはフレンズなんです。そして私も…フレンズだったんです…。
空一杯に降り注ぐ眩い粒子。このの姿で見るのは2回。
もしこのまま目が覚めたらどうなっているのでしょう? またフレンズになるのでしょうか。そして今までの記憶は全部忘れ去ってしまうのでしょうか。
でもどんな状況であれ私は私。そして変わらない物、それは…
―――わ、私、アードウルフです…。ちょっと人見知りとか、しちゃいますが…あ、すいません、で、でも仲良くなりたいんです!いざという時は、頑張りますから……!
私を私たらしめるもの みきまる @marumotomikio
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