第4章/呉羽が、来る

第12話



 玖珂は来栖と同じく吸血鬼の一族だが、呉羽は同じようでいて微妙に違う。


 呉羽は元人間で、玖珂の眷属だった。

 呉羽が玖珂のことを「主様」と呼んで、盲目的に従っているのは、呉羽は玖珂に人間の血をすべて吸血鬼の血に入れ替えられた眷属だからだ。


 久遠のように吸血鬼の血を少し注入された場合は、ゆっくりと時間をかけて人間の血を食いつぶされ身体が耐えられなくなるが、呉羽のようにすべてを一気に入れ替えられると、吸血鬼の僕として主と同じように長い時を生きることを強いられる。

 吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になってしまうという言い伝えはここからきている。


 ただ、まったく同じ吸血鬼になるのではないようだ。

 玖珂や来栖のように特殊な能力は開花しない。

 ただの人間として、長い時を生きるのだ。それはとても苦しいことだと聞いた。


 そして、眷属となった者はたいてい主の世話をして暮らすものなのだが、玖珂は変わり者で、呉羽を側に置かなかった。

 一人でいるのを好んで、時々思い立っては一人でふらりと引っ越してしまう。

 その度に、呉羽は玖珂を探す旅に出なければならなかった。


「主様はもう長くないんだ」


 明日も学校だからと、久遠が寝てしまった後で。呉羽が来栖に告白した。

 どこからどう見ても現代風の若者だが、呉羽は来栖と同じくらい長く生きている。

 街にとけ込むには流行りの服を着るのが手っ取り早いと、呉羽はいつもショーウインドウに飾られたマネキンのような派手な服装をしていた。

 だが、来栖といる時は、若者にはあるまじき苦悩の表情を見せるのだった。


 呉羽は玖珂のことを盲目的に愛していた。


 来栖は、その呉羽の姿を、少しだけうらやましいと思った。

 玖珂の方がどう思っているのかは、あまりよくわからなかったが。


「吸血鬼が死ぬのか……」

「眷属は同じ血を持ってて呼応するから、なんとなくわかるんだよ。主様からは血の衝動が感じられない。もう長くないよ」


 死ぬという概念が、来栖にはまだわからなかった。

 不老不死だと思われている吸血鬼にも、老いはある。老衰死もする。

 ただ、その老いるまでが長すぎて、まったくもって理解ができない。


 玖珂は何年生きたのだろうか。

 少なくとも、来栖よりは何倍も長いはずだった。


「主様がいなくなったら、俺、どうなるんだろう……」


 普段はあっけらかんとしている呉羽でも、こればかりはそういうわけにはいかないようだ。

 玖珂が死んでしまった後のことなど、考えられないと何度も言った。


「主様がいない世界なんて、怖すぎる」

「俺も……久遠を失うと思ったら、怖いよ」


 来栖がぽつりと言った。


「あの子、まだ血の衝動に喰われてないんだな」

「あの時本当は、数年だけでいいと思っていたんだ。久遠がいなくなるのが数年だけ、延びればいいって。だけど、こう長く一緒にいると、本当に怖い。いなくなるとどうなるのか、わからない」


 そう言って、来栖は呉羽を見た。この呉羽は、来栖と久遠など遠く及ばない時を、ずっと二人で生きてきたのだ。

 きっと、来栖よりも何倍も、失ったときの喪失感は大きいだろう。


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