第3章/家族、あの日の記憶
第8話
店を閉めて、いつも通り朝食の準備をしてから、眠りにつく。
あんなに露骨に怒った久遠を見るのは、久々だった。
ただ、怒らせた理由がわからずに、来栖はもやもやし続けた。
おかげで、ちっとも眠れなかった。
早い時間に目が覚めてしまったので、来栖は出かけることにした。
いつもより少し厳重にガードした作業着を来て植物の世話をすると、店の方には「本日休業」の札を下げた。
これで今日は客が来ないだろう。
暗くなったのを見計らって、来栖は駅に向かう。
最寄り駅は、少し大きなターミナル駅だった。帰宅ラッシュの時間帯のせいで、普段よりも人が多い。
「衝動、抑えないと……」
人肌を感じると、食欲が増進する。
匂いをかがないようにするため、来栖はマスクをつける。
こんなに人の多い場所で血を啜るようなことになっては、言い訳もできない。
今が秋でよかった。これが夏なら、ただの暑苦しい人である。
ホームで電車を待っていると、向かいのホームに、帰宅途中の男子高校生の集団が見えた。
紺色のブレザーに、チェックのスラックス。あの制服は久遠と同じ学校だ。
高校生たちを見ていると、彼らはとても楽しそうに会話をしていた。
とりとめもないことを大声で話し、笑っている。
たわいのない内容の、どこがおもしろいポイントなのか、来栖には理解できなかった。
久遠も、学校ではあんな感じなのだろうか。
やっぱり、想像できなかった。
その集団がいなくなる頃、電車がやってきた。
三駅移動し、夜遅くまでやっている大きな本屋にたどりつく。
来栖は本が好きだったが、たくさん買えるほど経済的な余裕はないので、いつも一冊一冊手に取りじっくり吟味する。
【うちの子、もしかして反抗期?】
【反抗期の対処法】
カバーの『反抗期』の文字に、思わず足を止める。
しばらく手に取ろうか悩んだが、思い切って手を伸ばす。
本の中を読んでみると、パン屋の若き店主の言葉通りだった。
久遠くらいの年頃になると、親に反抗するのが普通のようである。
そして、人間の親が、そのことにひどく悩むものなのだということもそこに書いてあった。
反抗期は、自立のための儀式。
自分の産んだ子を自分で怖がっていたのでは、ますます距離が開くばかり。
反抗期に大切なことは、子供を恐れず、子供に負けない心を持つということ。
子供と自分がどれだけ真剣にぶつかりあうか、ということ。
本にはそう書いてあった。
「……ぶつかりあう」
やっぱり、理解できなかった。
だが、もっと互いに話せば、久遠が何を思っているのか、わかるのかもしれないとは、思った。
来栖は静かに、本を棚に戻した。
それからいろいろ本を見て回ったが、今日は買おうと思った本は見つからなかった。
かなりの時間、本屋にいたようで。そろそろ日付が変わりそうだ。
終電が出る前に帰ろう、来栖は駅に戻った。
やってきた電車に乗って、来栖は家へ戻る。
終電間際の電車は、空席が目立っていて、ラッシュよりは居心地が良い。
ただ、こんなに静かだと、久遠を引き取った日のことを思い出す。
振り払おうと思っても、あの日の光景が容赦なくよみがえる。
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