第7話

「なに、まだ喧嘩してるの?」


 パンを見ながら黙ってしまった来栖を見て、店主がめんどくさそうに問いかけた。


「あんなの、思春期にはよくあることだ。ただの、反抗期。あんたにもなかった?」

「……反抗期、ですか?」


 来栖は自分の人生を振り返る。


 生まれた時、すでに両親と呼べるような他の吸血鬼はいなかった。

 たくさんのコウモリと暮らした。コウモリは従者で、親と呼べるような存在ではなかった。


 コウモリたちと別れてからは、ずっと、一人だった。

 たまに気の合う同族と一緒にいることはあっても、それは長い時間ではなかった。


「……なかったと、思います」

「そりゃ結構な人生で。でもさ、人間、反抗期を経験しないと、まっとうな大人にはなれないんだってさ」


 店主の言葉に、来栖は意外だと目を丸くした。


「人間は親に反抗することで、自我を確立するんだよ。自立するには必要なことなんだってさ」

「自立……」


 来栖の中での久遠は、いつまでも、ケーキ屋になりたい久遠のままだった。

 久遠が大人になって、どこかに行ってしまうなど、考えられないことだった。


 確かに、久遠はもう少しで高校を卒業する。

 そうしたら、久遠は家を出てしまうのだろうか。来栖の手の届かないところに行ってしまうのだろうか。


 そんなのは、イヤだ。

 来栖は身震いした。そんな日は、永遠にこなければいいと思った。


「あなたも、あったんですか? 反抗期」

「あったよ? 自分で言うのも何だけど、ひどいもんだったよ。家にあるものを片っ端から壊したりとかしたしな。弟くんは暴力がない分、まだマシだと思うよ」


 その店主の言葉には、ひどく後悔の色が含まれていた。

 成長するのに必要なのはわかるが、後悔するのならやらなければいいのにと、思った。

 吸血鬼である来栖には、人間の反抗期について理解はしても、共感はできなかった。


 パン屋が閉店前のラッシュになってきたので、来栖は自分の店に戻った。


 サラリーマン客が一人来ていて、久遠がラッピングされた花束を渡していた。

 やっぱり、あのピンクの花だった。


 久遠は時々、店を手伝ってくれる。

 花束のラッピングも、見よう見まねで覚えた。

 今では久遠の方がうまく包めるくらいだ。


「ありがとうございました」


 接客も、教えていないのに来栖よりもうまくこなしている。

 サラリーマン客は花束を抱えると、嬉しそうに店を後にした。


「楽しそうだったね……」

「えっ?」


 久遠の言葉に、とげが含まれているのがわかった。

 だが、それが何に対してなのかがわからない。


「隣のパン屋さん」

「ああ、パンをくれたんだよ……久遠の好きな、チョコレートのパン」

「いらない」

「えっ?」


 てっきり喜んでくれるとばかり思っていた来栖は、どうしたらいいかわからなくなる。


「俺、宿題あるから」


 まるで逃げるように、奥に消えていった。目も合わせてくれない。

 あれは、本気で怒っている。


「……反抗期、なのかな」

「違うから!」


 顔だけ出してきつく訂正すると、今度こそ本当に奥へと消えた。

 やっぱり、反抗期なのかもしれない。


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