第6話
一通り世話をした後、今日売る分だけ、花を刈り取る。
今夜は満月だ。それに、月末である。
きっと、いつもより少しだけ、花が多く売れるだろう。来栖はあのピンク色の花を少し多めに準備した。
花を店先に持って行くと、子供たちが、隣のパン屋に走っていくのが見えた。
「ああ……今日は隣が開いてるのか」
元々、小さな子供にパンを与えていたのは、隣の店主の方なのである。
来栖はいない間その役を代行しているに過ぎない。
くるみパンとか、レーズンパンとか、テーブルロールになにかを混ぜたようなパンしか焼けない来栖とは違って、隣は本職だ。
クリームパンだとか、あんパンだとか、小さな子が好きそうな手の込んだ甘いパンもお手の物である。
子供たちには隣の方が人気だった。
「雪女だ!」
「パンちょうだい! パン!」
そして、隣の店主も色白なせいで、雪女という安直なネーミングで呼ばれているのだった。
「押すな! 並ばない子にはやらねーぞ!」
そして、意外にも、隣の店主はうら若き乙女なのだった。
最初、失礼ながらも、どんな老人がやっているのかと思っていた来栖は、すっかり意表を突かれてしまった。
彼女は焼きたての天板を子供たちに当てないように気を配れる優しい女性だが、その実、久遠よりも口が悪い。
ついでに足癖も悪くて、時々子供たちを軽く足蹴にしているのを来栖は何度も見た。
彼女の家は名の知れた実業家の一家らしく。
パン屋は完全に趣味の道楽なのだった。
儲けは原価分だけあればいいのだと、来栖にも気軽にパン作りを教えてくれた。
「うめー!」
「チョコパンうめー!」
子供たちの声が、花屋にまで聞こえてくる。
どうやら今日は、チョコがたっぷりかかったパンらしい。
(いいなぁ……うらやましいなぁ……)
子供たちの声がちょっとうらやましい来栖は、こっそりと、隣をのぞく。
口の周りをチョコでべたべたにさせながら、子供たちがパンをほおばっていた。
「なに見てんの」
「うわっ……!」
店主に見つかってしまった。来栖は思わずあたふたしてしまった。
「別に怒っちゃいないよ。そんなあわてなくてもさ」
粉まみれのエプロンをした店主が、来栖を見て、豪快に笑った。
「今日は暇なんだ。ちょっと新作焼いてみたから、弟くんに食わせてやりなよ」
「ありがとうございます」
先ほど子供たちに配っていたチョコがけのメロンパンを、無造作に紙袋に入れてこちらへ差し出した。
久遠は甘いものが好きだ。
来栖はありがたくパンを受け取った。
パンはまだ、ほんのり温かかった。
思わず脳裏に、小さな頃の久遠がよみがえる。
来栖を見て笑いかけてくれた、久遠。
今はそんなことはめっきりなくなってしまった。どうして、久遠は自分によそよそしくなってしまったのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます