第5話

 ・

 ・

 ・



「……あれ?」


 来栖は目を覚ます。


 そこは、自分の部屋だった。小さな久遠は、来栖の記憶の彼方に消えていた。

 どうやら、昔の夢を見ていたらしい。


「……指輪」


 思い出したように、来栖は小さな引き出しの一番上をごそごそと探し回る。

 ここには、来栖の大事なものがごちゃまぜに入れられていた。

 まだ蒔かない花の種、久遠が学校からもらってきた花の種、どこかの部屋の鍵。


 そして、最初に出会った日にもらったおもちゃの指輪。


「あった」


 指輪のガラス玉は、もらったときのまま、緩やかに日の光を跳ね返していた。

 その指輪の存在を確かめると、来栖は安心して、そっと引き出しを閉める。

 時計を見ると、もうすぐ五時だった。遮光カーテンから漏れ出てくる外の日差しが、ゆるやかにオレンジ色に変わっている。


「花……世話しないと……」


 来栖は作業着に着替える。

 ようやく涼しくなってきたとはいえ、夕方はまだ明るい。

 作業着は長袖長ズボン、タオルをほっかむりにして、マスクをする。

 どこからどう見ても不審者だが、外で作業をするのだから仕方がない。

 どうせ、裏庭は外からは見えないし、誰も見ないだろうからかまわない。


 来栖の部屋の窓は、裏庭につながっている。

 猫の額よりも狭い庭の半分を、お世辞にも温室とは言い難い、古ぼけたビニールハウスが独占していた。

 急いで、ドアを開けてそちらに入る。


 中は、いろいろな植物が思い思いに枝葉を伸ばしていた。


 一族に伝わる植物は、日本の気候よりも若干温度が高いのを好むものが多い。

 温室の中はかなり暖かくて、長袖長ズボンの作業着だとすぐに汗だくになってしまう。


 それでも、来栖は花を育てるのをやめなかった。

 久遠のため店をやらなければいけない、というのもあるが。基本的に園芸が好きなのだ。

 やめる理由が見つからなかった。


 手をかければ手をかけるだけ、植物は元気に育つ。

 元気な葉以外を間引いたり、土の栄養分を考えて肥料をやったり、水の量や日の光、温度を考えて適当な量与えたり。

 言葉こそ語らないが、賢明に生きている。


 植物は正直で、世話を怠らなければ元気になるし、手を抜けばしおれてしまう。

 だからこそ、花を咲かせるのに成功すると、嬉しくなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る