第2章/小さな子供、反抗期とパン
第4話
外見は二十代後半くらいに見える来栖も、こう見えて、百年以上生きている。
吸血鬼は永遠に近い寿命を、一人きりで生きるしきたりである。
来栖もそのことについては別段何の疑問も持たずに生きてきた。
それは吸血鬼の一族にとっては当たり前のことで、周りもそうしているから同様にしなければならない。
そう思ってきた。
知った親しい顔が衰えて死んでゆく。
いつまでも若い姿のままの自分だけが、彼らを見送る。
その、見送る瞬間の身を引きちぎられるような寂しさだけは、いつまでたっても慣れなかった。
吸血鬼とはいえ、感情があるのは人間と同じだ。
相手が親しければ親しいほど、ダメージは比例して大きくなる。
だから、親しい相手は作らない。
生きるのに狡猾になった吸血鬼ほど、一人で生きるのを自然と選んだ。
それに、いつまでも若いままの姿でいるのには限界があった。
化け物と罵られ、町を出ることは一度や二度ではなかった。
生きる術を身につければつけるほど、一つの町には二十年ほどしか留まれないのだと身を持って理解した。
一族のしきたりは、傷付いた先人の編み出した生きる知恵なのだ、と。
一族の中でもまだ若い方に入る来栖は、他人に受け入れられたい、信じていたいという気持ちをまだ密かに持ち続けている。
一人でいることは楽だと知っている。
知っているけれど、まだ、誰かと一緒に生きたいと願っている。
久遠と初めて出会ったのは、何度目だったか忘れてしまったが、その頃住んでいた地区の住民に吸血鬼だとバレてしまった直後だった。
今の花屋を始める前のことだ。
その頃の来栖は、今よりも積極的に他人と関わっていた。
だが。
どんなに気をつけていても、吸血鬼の食事──人の生き血をちょっとだけ頂戴するのだが──を見られてしまったら終わりだ。
接種する量は少量とはいえ口の周りが血塗れになるのだ。
見た人間を恐怖に陥れるには十分すぎる、シュールな光景だった。
親しくしていた人間は手のひらを返し、自分の血を吸わないでくれと来栖の存在を拒絶する。
住んでいた家を追われ、行き場を無くしてさまよっていた時だった。
公園で遊んでいた四歳の久遠と、ばったりと顔をあわせた。
「おにいちゃん、どうしたの?」
余程、自分は落ち込んでいたらしい。
無邪気な、それでいてまっすぐな視線が、来栖を見つめた。
「げんきがないけど、だいじょうぶ? どこかいたいの?」
四歳の久遠が、吸血鬼という存在を理解していたとは思わないが、その町の人間が誰しも来栖を拒絶していた中、一生懸命励ましてくれようとした久遠の存在に、どんなにか救われたことだろう。
思わず泣きそうになった。差し出された、小さな手の優しさに。
「げんきがでるように、くおんのいちばんだいじな、たからものあげるね?」
久遠は持っていたおもちゃの指輪を、ためらいもなく来栖に差し出した。
それはその時子供たちに人気だったテレビアニメのヒーローが、ヒロインからもらうという設定の指輪で。
ビー玉のようなガラス玉に、雪の結晶のような形の紋章が刻まれていた。
「大事なものじゃないの? もらっていいの?」
来栖がおそるおそる聞くと。久遠は屈託のない笑顔で、うんとうなずいた。
「くおん、へいきだよ? おにいちゃん、これもってたら、ゆうしゃさまからたすけてもらえるよ! これはね、こまったひとをたすけてくれるゆびわなんだよ?」
「そっか。うん……ありがとう」
この町で、まだ人からもらえるものがあったとは。
とうとうたまらなくなって、来栖は久遠の小さな身体をそっと抱きしめたのだった。
それからすぐに、来栖はこの町を出た。
町自体に未練はなかった。だが、時々こっそり久遠に会いに行った。
会いに行く度に久遠は大きくなっていった。
来栖の方は例によっていつも同じ外見だったが、幼い久遠は前に来栖と会った時のことは覚えていないようだった。
毎回同じように素直で、優しく接してくれた。それは来栖にとって好都合だった。
久遠はいつも公園に一人きりでいた。
明るいうちに遊んでいた友達と別れた後も、一人で公園に残っていたからだ。
両親が共働きで、もうちょっとしないと家に帰らない。
久遠は一人、公園で両親を待ち続けていた。
それも、来栖にとっては、好都合だった。
太陽の光に当たれないわけではないが、苦手なことには変わらない。
久遠はいつでも、寂しそうだった。
来栖が声をかけると、いつもうれしそうにして、話し相手になってくれる。
「あのね、久遠ね、大きくなったら、ケーキ屋さんになる!」
「……どうして、ケーキ屋さんなの?」
「だってね、甘いもの食べたら、しあわせになるでしょ? お兄ちゃんみたいに元気のない人も、きっと、すぐに元気になるでしょ?」
来栖が久遠に会いに行くのは、決まって落ち込んだ時だった。
甘いものが人を癒してくれると信じて疑っていない久遠は、いつも自分のおやつを分けてくれた。
来栖は食べる必要のないその甘いおやつを食べるけれど、甘い味そのものよりも、そのおやつに込められた気持ちの方が、とても嬉しかった。
「おいしい?」
来栖に向けられる笑顔は、いつでも屈託のないものだった。
離したくないと、思った。
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