第53話

佳子さんは、また目を閉じていた。

柔らかく美しい曲線を描いた、みずみずしい桃色の唇を、僕に向けて、

また、丸く、軽く、わずかにすぼめていた。



でも、僕はまだいけない、と思った。



僕 「まあだ、だよ」

佳子「んふ」



佳子さんは、声にならない声を出した。



僕 「きょうは、やめようね。」



僕は、きょうはまだ、線を引いておかないと、

みわちゃんとのことで混乱しそうだったので、

これ以上進むのはいけない、と思った。


でも「きょうは」という留保をつけた自分は何なんだろう。

そう思っていると、佳子さんがぽつりと言った。



佳子「うん。」

  「よく、できました。合格ね。」



合格?

それって何の合格ですか?早稲田大学?


そんなはずないな。それは23年前だ。

もっとすごいところの合格であってほしい。


どこなのか、佳子さんに聞こうとした。



でも、それを聞く前に、

佳子さんは、すうっと息を吐いて、寝ようとしていた。


せっかく佳子さんが寝られるようになったのに、邪魔しちゃいけない。


僕は聞くのを自重して、また、枕の上の頭を半回転させて、

佳子さんと反対側に顔を向けた。



こんなかわいい寝顔を見ながらは、寝られない。

僕も目を閉じて、きょうという一日の反芻を始めた。


反芻する内容は、あまりにもたくさんある。

どこまで反芻できるだろう。

そう思ったが、僕もふいに睡魔に襲われたので、

ここで睡魔にさらわれようと思った。


明日も、ドキドキすることがあるかもしれないから、

ちゃんと寝て、体力蓄えないと。


僕は、明日のデートを前にした高校生のようなことを考えながら、

眠りに落ちた。



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