第54話

朝は、たいそうなカラスの鳴き声から始まった。


本当は、小鳥のさえずりくらいがちょうどよいのだろうけど、

峠の上までやってくる勇ましい鳥は、

カラスくらいしかいないらしい。


カラスというのは不思議な鳥で、

頭がよく、目がよく、物おじしない。

人が近づいていっても、平然としているカラスが多い。


カラスのように生きていられればいい、と思うこともあるけれど、

そんなカラスは真っ黒だ。


すべての色のペンキをかぶってしまったから、

黒いという話を童話で読んだ。


業を背負わないと、カラスのようには、なれないのか。

黒くならないと、カラスのようには、なれないのか。

カラスたちから、一度じっくりと聞いてみたい。




そんなカラスの大合唱で、僕は目を覚ました。


遮光カーテンの隙間から、はっきりとした日差しが見えた。

きょうは朝曇るはずだったが、早めに寒気が抜けて、

青空が広がったのだろう。


僕は佳子さんの方をちらりと見た。まだ、寝ている。

ああ、ゆうべのあれこれは、夢じゃなかったんだ。

今、何時かな。でも、今日は休みだからいいか。


ここで、僕は

昨夜、みわちゃんに「おやすみなさいLINE」を送るのを

忘れていたことに気づいた。


別々にいるときは、「必ずおやすみなさいLINEをしてね」って、

みわちゃんにはきつく言われている。


みわちゃん、昨夜はそれどころじゃなかったんだ。ごめんね。

今朝のLINEで謝るか。どうやって謝ろうかなあ。

そんなことを考えていると、

隣の布団から、もやもやした声が聞こえた。



佳子「起きたのお?」

僕 「うん」

佳子「おはよお」

僕 「うん、おはよう」



佳子さんは、なおも眠たそうだった。

僕は自分の布団をはがし、日差しが筋のように差し込むカーテンに向かい、

そこで少しだけカーテンを開けて、表の様子を見ようとした。


朝、どんな空模様になっているか。湿り気はどれくらいか。気温はどうか。

その3つを確認しないと、僕の予報士としての一日が始まらない。


これは、仕事をしている日はもちろんだけれど、

仕事をしていない日も必修科目だ。


別にこれをやったらからと言って給料をもらえるわけではないけれど、

毎日連続して感じることが、違いを感じることにつながるので、

予報の仕事には不可欠で、それは僕が休みであるかどうかは関係ない。


自分の仕事を伸ばすために、

休みでも不可欠なルーティンをこなすのは必要だと僕は思っている。



きょうもそのルーティンだ。


カーテンをちらりと開ける。窓をそっと開く。

開いたとたんに、ぶわりとした重たい寒気が、

窓の下の方から攻め入るように入ってきた。


氷点下5度はあるだろう。さすが箱根。

しかし、空気は案外乾いていて、ぶわりと入ってきた後は、

さらりと抜けていくような感じだった。


このさらりが、きょうの青空をもたらしている。


上空を見上げると、水色の鮮やかな天空に、

綿あめのような雲が3つくらいお邪魔していた。

この綿あめは、きょうの乾き具合からすると、

このあと早めに溶けてなくなるのだろう。


僕がルーティンをこなして、ふと下界に目を移すと、

ホテルの裏の広場に、

ジャージやウインドブレーカーを着た従業員と思われる人たちが

10人ほど、わらわらと集まり始めていた。


これから、ラジオ体操でもするのか。

朝といえば、宿にとってはずいぶん忙しい時間のはずなのに、

余裕があるんだな、と思った。


すると、スピーカーから音楽が流れた。

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