第52話

佳子「また、ワンコちゃんに教わったね」

僕 「そんな、大したことないよ」


僕の謙遜は、いつも「大したことないよ」になってしまう。

もっとバリエーションを増やさないと。そう思っていると、佳子さんは続けた。


佳子「なんだか、涙が出ちゃうんだよね」

僕 「なんで?」

佳子「あたし、全部キメキメじゃないと、安心できないんだよね。

   風貌とか、構成とか、展開とか、段取りとか。

   だから、すっぴんだと不安になるし、他人より劣っているような気がするし。

   でも、さっき『自己最高記録』って聞いて、ああ、わかったなって感じ」

僕 「ふうん。構成とか、展開とか、段取りとかも?」

佳子「うん。あたしそういうキメキメ構成とかバッチリやりたくて

   雑誌の編集やったんだけど、いっくらやっても、終わんないのよね」

僕 「そうだね」

佳子「いっつもそれで時間だけが過ぎて行って、なんでだろって思ってたんだ」

僕 「そりゃ、時間はいくらあっても足りないよ」

佳子「どうして?」

僕 「だって、あそこを直すと、今度はここが見つかる。

   あそこを直したことで、ここに影響が出る、みたいなのの繰り返しだよね」

佳子「うん」

僕 「それに、いま思いついたことを、次の瞬間に忘れたり、

   いまできたことが、1時間後にできなくなったりするじゃない」

佳子「あるある。なんでなのって感じ」

僕 「でも、人間ってそうできているから、

   むしろそれって当然じゃないかと思うんだよね」

佳子「そっか」

僕 「だって、生きているんだもの。

   できないことができるようになることもあるけど、

   できることができなくなることだって、同じくらいあるんだよ、きっと。

   常に最高の状態を保つなんて、なかなかできない」

佳子「うーん」

  「できれば、たくさん持っていたいけどね」

僕 「そう?そんなにたくさん持ち続けなくても、いいんじゃない?

   だって、全部持っていても、全部同時に使うわけじゃないんだし。

   使うときにあればいい、と考えた方がいいんだよね」

佳子「そっか」

僕 「それに、佳子さん、

   お金をたくさん持っていてもしょうがないっていっていたじゃん。

   それと同じだよ」

佳子「そっか」

僕 「だから、涙を流してもいいけど、

   ないことばかりに探すと、涙あふれちゃうよね。

   あるものを探していかないとね。

   あるものを必死で探して、

   見つかって涙するんだったら、いいんじゃないかな。

   そしたら、その涙は意味があるし、

   涙をこえた先に、プラスがあると思うんだ。

   そういうプラスを探すために、涙を流すのはいいんじゃ ないかな」

佳子「うん」



佳子さんは、そう言うと、ふっと小さく息をついた。


佳子「あたしも、涙をこえたいな。」

  「ワンコちゃんと。」



佳子さん、それってどういう意味ですか。

僕はそれを聞こうと思って佳子さんを見た。

すると、息を飲んだ。

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