第30話

ところが、案外普通の食事だった。


相模湾で取れた魚の刺身、しいたけの甘辛煮、

きゃらぶきの佃煮、牛肉の時雨煮、白いご飯。

いつもここに来たときに、

バイキングで食べている食事となんら変わらなかった。


前社長の娘であっても、別に特別扱いしないんだな。

そう思っていたところ、少し大きめのどんぶりが来た。

締めの蕎麦には早すぎるな、と思ってみたところ、

どんぶりには、とうとうと盛られた、

すりおろしの山芋が揺れていた。


確かに、箱根は山芋が有名だが、ずいぶんたくさんだな。

僕がそう思っていると、じじが一言。


「ま、これで元気をつけて、早く跡継ぎを、な」


なんて、直截な一言。

すると、僕が恥ずかしくなる前に、佳子さんがたまりかねて


「ちょっと!おじさま!恥ずかしいじゃない!」

と桜色に染まった首筋の稜線をさらに赤くして、抗った。


するとじじは、

「あれ、ちょっと気が早かったかの」と言い、照れ笑いを浮かべた。


昔の人はずいぶん直截だ。今だったら、確実にハラスメントだな。

でも、ふと考えてみた。

じじは、僕と佳子さんが一緒になることを考えているってことか。



ええ。

それって、恐れ多すぎる。

だって、佳子さんは、僕にとっては神様みたいなものだし、

やっぱり近くにいると緊張する。


もちろん、昔は大好きだったけど、

それは、出会いの少ない世間知らずの男子校の高校生が

かわくて親切な女の子に見惚れたのに、過ぎない。

アイドルを好きになるのに近い感覚だったのだろう。


最近になって、佳子さんもその当時僕のことを好きだったって、

言ってくれたけど、

それは、子供同士の恋心の話で、今は時代が違う。


しかも、大観光のご令嬢で、

僕なんかが話すのは恐れ多い人だということもわかってしまった。

ますます近寄りがたい。


とりあえずきょうは佳子さんのイヌとして参加しているけど、

きょうが終わったら、またなんでもないんだから。


あと、ついでに言えば、うちにはみわちゃんいるし。

あ、みわちゃん、実家で今頃何をしているんだろう。

僕は少しだけ、みわちゃんのことまで思いを馳せた。



こんなことを考えていると、僕の顔は遠くを向いていたらしい。

それを察知した佳子さんは、援軍を求めるかのように言った。

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