第27話

初老「見かけによらない方、でございます」


見かけに、よらない?僕はよく、わからなかった。 

僕は二の矢の質問をしようとした。


しかし、初老の男性はするりと内湯へと去っていった。


「うーん」


僕は、わからないまま、少し熱くなった湯に浸かっていた。



すると佳子さんが、また高い塀越しに

「ワンコちゃーん、お湯加減は、いかがですかーっ」

と大きな声で尋ねてきた。

「いま、湯守の方に、熱いの入れてもらったから、ちょうどいいワン!」

と犬語で答えた。


佳子さんは

「よかった!湯守さんに行ってもらったのよー

 男湯の方が、冷えやすいからねー」

と答えてくれた。


そうか、佳子さんが湯守を差し向けてくれたんだな。

佳子さんの温かさを感じ、僕は、また佳子さんを意識してしまった。


佳子さん、今、隣の露天で湯に浸かっているんだよな。

佳子さん、あの白いうなじを白く濁った湯できらやかにさせているはずだな。

どんなふうなのかな。


僕は、高校生みたいにドキドキしていた。


楽しいけど、なぜかちょっとつらいよ。何だろう、この感覚。

昔、そういえば、こんな感覚があったな。


そうだ、佳子さんに、昔、恋していた感覚だ。

それが、今、リアルに戻ってきたみたいだ。


恋って変と少しだけ違うって誰かが言っていたけれど、ほんとだな。

僕はイヌの真似をさせられているし、高校生みたいになっているし、

本当に変だ。


でも、こんな変なら僕はいいや。

だって、佳子さんも、正しい変態ならいいって言っていたしな。

あれ、でも正しい変態の定義って、ちょっと違うか。


僕は、他人が聞いたらあまりにもどうでもいいことで頭がいっぱいになっていた。


ああ、これも含めて恋の感覚だ。

恋の感覚を思い出した僕は、硫黄泉の中で軽い有頂天になっていた。



すると、僕にイエローカードが出た。


佳子「あんま入っていると、ノボせるから、上がるよ!」

僕 「はあい。ワン!」


僕は従順にも人間とイヌの両方の返事をして、佳子さんの指示に従った。

確かに少しノボせた。

これは、佳子さんが差し向けてくれた湯守さんのおかげなのか。

それとも、僕の恋心が盛り上がっているからなのか。

僕にはわからなかった。


でも、今の僕にできるのは佳子さんに約束した、

先に部屋で待っているということだった。

僕は髪を乾かすのもそこそこに、浴衣をいい加減にまとい、脱衣場を後にした。




部屋に戻ると、まだ5時15分だった。約束の時間まで、あと15分ある。

ふと、部屋の様子を見た。


すると、小さな佳子さんのバッグが目に入った。

薄いピンクの、アメリカ生まれのスペードがついたブランドのバッグだった。


佳子さんにスペード。意外な取り合わせに、僕はちょっと驚いた。

そのスペードのついたバッグからは、丸くこんもりとした、

かわいいピンク色の布地がちらりと見えていた。

ひょっとして、佳子さんの、下着?


僕はあわてて目を背けた。佳子さんの下着なんて、見てはいけない。

僕は、うぶな高校生のようだった。


僕が目を背けると、バッグから少し離れた机の上に、スマホが置かれていた。

スマホはケースに覆われていた。

ケースの上3分の2くらいが淡いピンク、下3分の1くらいがクリーム色だった。

近づいてみると、そのケースもスペードがついたブランドものだった。


いけない、と思いつつ、そのケースを少し開けてみたくなった。

これを開けると、また、佳子さんに一歩近づけるかもしれない。

それに、僕は今一日限定とはいえ恋人のふりができるのだから、

もう少し佳子さんのことを知ってもいいのだろう。


ん?なんで下着はダメで、スマホはいいんだ?

どっちも、プライバシーの塊じゃないか。

でも、スマホは生身の人間じゃないんだから、まだいいでしょ。


そんな勝手な理屈を思いついた僕は、

思い切ってケースのスナップボタンを外してみた。

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