第25話
佳子「何時、どこ集合?」
僕 「じゃ、5時半に、部屋集合で」
佳子「うん」
僕 「僕の方が、早く上がるから、待ってるね」
佳子「ありがと」
僕 「じゃ」
僕は少し、赤くなっていた。
あの、僕の神様みたいな佳子さんと温泉だって。
しかも、恋人のふりだって。
こんな展開、一生に一度あるかないかかもな。
だったら、ワンコでいいや。
僕はそう少しにやけながら、脱衣場に向かった。
ここは内湯が普通の風呂で、露天のみが硫黄泉になっている。
ここの硫黄泉は強力なため、内湯を硫黄泉にしてしまうと、
どんなに強力な換気扇をつけても換気が行き届かず、倒れる人が出るという。
そのため、換気のいらない露天のみが、ここでは硫黄泉になっている。
僕はもちろん、露天の硫黄泉に向かった。まだ早い時間のためか、誰もいない。
僕は硫黄泉が流れ続けてすっかり白く変色した湧出口の岩の近くまで寄った。
硫黄独特のにおいをかぎ、湯に浸かった。
湯は、思いのほか、ぬるかった。きっと、寒いからだろう。
「ふーっ」
僕は大きなため息をついた。
それは、硫黄泉に入れた安堵感であり、
何よりきょうは、佳子さんと思いがけずに一緒に温泉に来て
恋人のふりが出来ると言う特典を得た喜びからくるものだった。
それにしてもなあ。
結婚していないと信じきってきたみわちゃんは、離婚歴があり、
結婚していると信じきっていた佳子さんは、華の独身である。
世の中は本当にわからない。
いや、わからないのではなく、
実は僕がわかろうと努力していなかったからではないか。
断片的な周辺の状況や雰囲気だけでなく、
もっと話をして、きちんと話をして
確かめないといけないことって、実はたくさんあるんじゃないか。
僕は、最近、何かというと、スマホに逃げ込む癖がある。
エレベーターの中の30秒足らずの待ち時間でも
ついスマホをあけてしまう。
最近それにすごく飽きてきているが、でも、絶対にやめられない。
なんて皮肉。なんて矛盾。
そこで僕はふと、昔のことを思い出した。
佳子さんが予備校で僕の隣の席に座って
現代文の勉強をみてくれたときに
「早稲田の現代文ってね、キーワードがあるんだよ。
皮肉とか、矛盾とか、出てきたら、絶対チェックだからね。
その、皮肉とか矛盾の対立軸が答えになることが多いからね」
と言ってくれたことがある。
皮肉とか、矛盾とか。
それはまさに、今の僕が包囲されているもの、そのものじゃないか。
飽きているのに、やめられないスマホ。
結婚していると信じきっていたのに、華の独身だった佳子さん。
あ、ついでに、
結婚していないと信じきっていたのに、離婚歴が明るみに出た、みわちゃん。
僕の周りには、皮肉と矛盾がいっぱいだ。
まさか佳子さん、将来のこの日のことを意識して
高校生の僕にそんな知識を僕に教えてくれたわけではないよねえ。
僕は白くもこもことした硫黄泉の湯気を頭に薄くまといながら、
そんなことを考えていた。
するとふいに、はずんだ声がした。
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