第24話

僕 「何でもいいですけど」

佳子「そんな、せっかく名前考えてあげるのに。じゃあ、ワンコね」

僕 「ワンコ?」

佳子「そう。あたしの犬、みたいな感じで。ワンコ、いいね!」


ええ、犬ですか。彼氏が犬ですか。

僕はまた釈然としなかったが、   

佳子さんがワンコがいい、と言うので、とりあえずワンコと呼ばれることになった。


佳子「じゃ、ワンコちゃん、これからよろしくね」

僕 「はい。よろしくお願いします」

佳子「よろしくお願いしますは、堅苦しいよ」

僕 「どうすればいいんですか」

佳子「敬語はなしで、いいんだよ」

僕 「わかりました」

佳子「ほらまた敬語」

僕 「わかった・・・よ」

佳子「お、よくできました!さすがワンコちゃん」


もう、僕は佳子さんにすっかり遊ばれていた。

まあいいか、あの佳子さんに遊んでもらっているんだから。

それに、一日限定だけど、彼氏を名乗ることができるのだし。

僕は、何かゲームが始まるようで、うれしかった。


佳子「じゃあ、始まりね。

   タンタカタンタンタンタンタンタン、タンタカタンタンターン」

僕 「それ、何ですか」

佳子「ほらまた敬語」

僕 「ああ、それ、何?」

佳子「始まりのファンファーレです」

僕 「あ、どこかで聞いたことある曲だなあ」

佳子「早稲田大学の応援歌『いざ青春の生命のしるし』でございます」

僕 「おお」

  「なつかしい」



「いざ青春の生命のしるし」というのは、早稲田大学の応援歌のひとつだ。

第一応援歌「紺碧の空」に比べると、圧倒的に知名度は低い。


でも、僕は、すばらしき青春、またとないこの日のために、

稲穂は揺れる、友よ燃えろ、力の限り燃えろ、という

前向きな歌詞が好きだった。


詞を書いたのは、ビートルズにとっても詳しい、大学の先輩だ。

昭和57年にできたこの歌は、昭和がまだまだよく薫る。


僕が大学に入ったのはまだ平成になったばかりのころだったためか、

歌詞に書いたような熱さがまだ少しキャンパスに居残っていて、

この昭和の熱い歌は、僕の心にひっかかった。


しかも、作曲は「涙をこえて」と同じ

早稲田の大先輩・中村八大先生だ。

八大先生の明るさと昭和のジャズの生き生きとした薫りが、

この歌には吹き込まれている。


僕はそれと同時に、

佳子さんの中にも、昭和が確実に生きているんだ、と

少し思った。



佳子「じゃ、温泉行こうか」

僕 「うん」


僕はいそいそと支度をし、佳子さんと1階にある温泉に向かった。


温泉の大きなのれんの前に着くと、佳子さんがいつの間にか

黒髪をゴムでまとめていることに気付いた。


佳子さんは透き通るような白いうなじをちらりと見せたあと、振り返った。

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