第23話

佳子「何か、悪かった?」

僕 「いえ、なんでもないです・・・」


宿泊する人の名簿を第三者が見てはいけない。見せてもいけない。

しかし、佳子さんはここの娘さんなのだから、いけないとは言えないだろう。

そこでたまたま知り合いの名前を見かけた。それに合わせて自分も来た。

それだけのことよ、と佳子さんは言いたそうだった。


僕 「え、じゃあ、ロマンスカーに乗るのも、全部知っていたんですか」

佳子「ロマンスカーに乗ることは想像ついたけど、

   何時のに乗るかはわからなかったわ」

僕 「じゃあ、同じロマンスカーで、隣の席になったのは」

佳子「それはほんとに、偶然。驚いちゃった。

   私たち、縁があるのかもね」


佳子さんは、そう言って、笑った。

そうか、だからロマンスカーの中で「来てくれたのね」なんて言ったのか。

あれは、寝ぼけていたわけではなくて、

予期しない早い場面の僕の登場を見て、言ったのか。疑問がひとつ解けた。


佳子さんは、本当はホテルで僕を待ち構えて、どこかで合流しようとしたらしい。

それが、少し予定が狂い、こんなことになってしまった、ということのようだ。


佳子「で、お願いなんだけど」

  「あたしを助けると思って、きょうは恋人のふり、してくれないかな」

僕 「えー」

  「そんな、佳子さんの彼氏のふりなんて、できません」

佳子「なんで」

僕 「だって」

佳子「あたしのこと、好きだった、って言ってくれたじゃない」

僕 「それは、そうですけど」


佳子「あたしも、石井くんのこと、大好きだったんだよ」


代々木のバーガーで言われた、この一言。

また、言われて、僕はそのときのシーンを思い出し、

柄にもなくきゅんとなり、まともな反論ができなくなった。


僕 「はい」

佳子「だから、少し仲良くしてくれればいいから。

   じじを一回安心させたら、しばらく場がもつから」

  「ね、あたしを助けると思って」 

  「石井くん、あたしのおかげで早稲田に受かったって言ってたじゃない。

   今度はあたしを助けて、ね」


僕に「今度はあたしを助けて」という言葉が突き刺さった。


そうだ、23年前に、僕は佳子さんにものすごくお世話になった。

全部全部、佳子さんのおかげだった。その恩返しだと思えばいいんだな。

僕の釈然としなかった心は、自然と整理がついた。


僕 「わかりました。じゃ、きょうだけ」

佳子「やったあ、ありがとね、石井くん」

僕 「はい」

佳子「あ、『石井くん』じゃ固いかな。なんて呼べばいい?」

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