第19話
番頭「これは、失礼いたしました。寒いので、どうぞ中へお入りくださいませ」
ホテルに番頭なんていないはずだけど、あまりにも番頭らしかったので、
この男性は番頭さんとさせていただく。
番頭さんに促されるように、僕は佳子さんと一緒に玄関に入った。
すると、玄関の中には、さらに頭の禿げ上がった男性がいた。
男性「佳っちゃん、よく来たの」
佳子「おじさま。ありがとうございます」
男性「むむ、この御仁は」
佳子「あ、彼です。連れてきちゃった」
男性「おお、これが。いい人そうじゃのお」
佳子「まあね(笑)」
男性「まあまあ、入んなさい」
どういう会話なのか、僕にはますますわからなかった。
ただ、佳子さんは、僕に悪びれずもせずに、どんどん話を進めているように見えた。
なんだか流れに取り残されているような気がして、
僕はあわてて会話に割って入った。
僕 「あのう、私」
男性「まあまあ、話はあとでゆっくり聞かせてもらうから、とりあえず入んなさい」
僕 「ええ?」
佳子「石井くん、遠慮しなくていいから」
僕 「ええ?」
男性「おお、石井くんというのか。どうかこれからしっかりよろしく」
僕 「あの、しっかりといわれましても」
佳子「い・い・か・ら! とにかく、入りましょう」
佳子さんは、見たことのない強引さで、僕を自分の世界に引きずり込んだ。
僕はちらりと、悪びれず強引になった佳子さんの顔を、
少しの不信感をたたえてから見た。
すると、佳子さんは、何か哀願する目をしていた。
しかも、何か困ったような目だった。
僕はその瞬間、つい
「あ、はい。わかりました」
と答えていた。
すると佳子さんはほっとしたように笑って、
「だよね」
と言って、ホテルの人たちと建物の中へと入っていった。
いったいどういうことなのだろう。僕の頭の中は、整理できないままだった。
ホテルの人たちと佳子さんに導かれたのは、ホテルの一番てっぺん、
つまり、箱根の中でも一番てっぺんと思われる展望室だった。
めちゃくちゃ、広い部屋だった。
ホテルの人たちが丁寧に、お茶だ、お菓子だと出してくれて、
ひとしきり挨拶がすむまで30分くらいかかった。
その間、僕はかなり居づらい思いをした。
敵方に囲まれた、心細い足軽のように。
やがて、演歌歌手のようなたいそうな和服を着た
最も年増な感じの女性が
「それでは、お嬢様、これで。ごゆっくり」
と言って、ようやく敵方の全員が去った。
僕はため息をついた。
そして、足軽はキッと姫様の顔を見た。
僕 「どういうことなんですか!わけわかんないですよ!」
佳子「ごめんね」
僕 「あの、一から説明してください」
佳子「一から説明すると長くなるんだけど」
僕 「じゃあ、十からでもいいです!」
佳子「あは(笑)面白いね。じゃあ、十からいこうか」
僕 「ふざけないでください!だって、どういう状況なのか、
僕だけ全然わかってないじゃないですか!」
佳子「ごめんね。」
僕 「どうしてなんですかあ」
佳子「じゃあ、十から話すね」
僕 「やっぱり、一からお願いします」
佳子「それだと、長くなるよ」
僕 「でも、一からがいいです」
佳子「しょうがないな、わかったよ」
そう言うと、佳子さんは、少し申し訳なさそうに、座り直した。
僕はその様子を見て、ガンガン責めてしまった自分を、少し恥じた。
佳子「私の父親がね、このホテルやってる会社の経営者だったの」
僕 「え、お父さんが」
佳子「そう」
僕 「あの、このホテルって、あの大観光のじゃないですか」
佳子「そう」
僕はそこで、ふいに、
さっきのロマンスカーでのオレンジジュースの話を思い出した。
オレンジジュースを買ってくれたお父さんって、
あの「大観光会社」の社長だったってことか?
ということはつまり、佳子さんは大会社の社長の娘ってことか?
僕は、佳子さんが
御三家とよばれる名門の女子高を出ていたことは知っていたけれど、
お父さんがどんな仕事をしていたのかは、知らなかった。
大観光は、日本を代表する、大会社だ。
経営者一家は、皇室とも縁があると聞いたことがある。
佳子さん、ほんとに本物のお嬢様だったのか。
ニア・プリンセスだったのか。
僕は、とんでもない話を聞いてしまった気がした。
僕 「そんな、知りませんでした」
佳子「ごめんね、言ってなかった」
僕 「いえ、そんな、今まで聞く機会がなかったから、仕方ないです」
佳子「人生いろいろ、あるのよねえ」
僕 「そうですね。いろんな人がいますよね」
僕は少しまともな答えをした。
しかし、次の話は、僕には聞き捨てならないものだった。
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