第18話

佳子「あ、硫黄の薫り!」

僕 「そうですね。箱根来たって感じですね!」


僕たちは少し、テンションが上がった。

そして僕は、少し鼻をひくつかせると、隣の席に座っている佳子さんから漂うあの薫りも、

感じることができた。


予備校で隣に座ってもらうのが夢だった佳子さんと、

今一緒に箱根のバスに乗っていて、箱根の硫黄の薫りと一緒に、

佳子さんの薫りも感じられる。

僕は少し、大人の階段を上ったような、幸せを感じていた。


大人の階段なんて、もうとっくに上ったつもりだったのに。

まだ僕にも、上る段があったんだなあ。


あ。

ということは、僕はやっぱり子供だったのか。


僕はみわちゃんや後輩にえらそうにフンフン言っているけど、

実はまだ、子供なのかもしれないな。

そんなことを感じさせてくれた佳子さんに、まぶしさを感じていた。


この人、本当、何なんだろう。僕はますます、不思議な気持ちだった。






その後、バスは30分ほどかけて、図太い国道をぐいぐいと登った。

よくこんな急な坂を登るな、と何度来ても思う。

そして、急カーブを曲がるたびに、バスは大きく揺れる。


寝不足で気持ち悪いのにバスに乗ってしまったときは、

その揺れがもう来ないでほしいと願ってばかりだったが、

きょうの山登りは佳子さんが隣にいて、

バスが揺れるたびに素敵な薫りにほんのりと包まれるので、

とても幸せな時間だった。





そして、いよいよ、峠のてっぺんに着いた。


近くにある温度計はよく晴れた昼下がりなのに

「-4℃」という厳しい数字を示していた。


佳子 「予報士さん、寒いねー!」

僕  「はい」

佳子 「なんでこんな寒いの?」

僕  「きょうは放射冷却が朝強まった上に、昼になっても

    冷たい空気が山の上から離れていかないからです」

佳子 「よくできましたー!キャー!」


峠の上を吹き抜ける突風に、

佳子さんは髪を振り乱して黄色い声を上げていた。


そこから歩いて、20分ほどさらに山道を登り、

佳子さんと僕は、峠の上のホテルに着いた。

もう、鼻水も凍る寒さだ。


佳子さん、よく来るな。よほど硫黄泉が好きなのか。


やがてホテルのガラス張りの玄関が見えた。

そろいの半纏を着た、ホテルの従業員が男性5人、女性5人。

ずらりと10人。玄関の前に並んでいる。


これから団体でも来るのかな。

そう思っていると、バッとみんな、頭を下げた。


「おつかれさまでございますーっ」


へ?

何か変なものを見てしまったような気がした。


佳子 「こんにちは」


佳子さんがたおやかにそう言うと、

一番年のいった、やや頭が禿げ上がった

番頭と思われる男性がさらに深々と頭を下げた。


「お嬢様、ようこそおいでくださいました」


お嬢様?

僕は事情がよくわからなかった。



佳子「もう、やめてよ。きょうは彼が来ているんだから。大事なの、彼。」



彼って、誰?大事なの、彼?

僕はますます事情がわからなかった。

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