第15話

僕  「あの、箱根です」

佳子 「あらあ」

   「私も箱根よ」

僕  「箱根好きって、言ってましたよね」

佳子 「そうそう。箱根のてっぺんまで行くのよ。硫黄泉好きで」

僕  「え!箱根のてっぺん? あの、ひょっとして、峠の上ですか?」

佳子 「そうそう、峠の上のホテル。あそこ、私好きなのよ」


好きなものが一致しているというのは、恐ろしいもので、

こんなことがあるのか、と僕は思った。

僕は、もう仕方ないと思い、白状した。


僕  「僕も、峠の上のホテルに行くところなんです」

佳子 「え、そうなの?」

   「ふふ、よかった。」


佳子さんは、ちょっとほっとしたような笑みを浮かべていた。

僕にはそれがよくわからなかった。


僕  「え、よかった?」


僕がそう言うと、佳子さんはわずかに考えるような間を空けた後、

切り返すようにこう言った。


佳子 「だって私、地図が読めない女だから、

    あそこにバスで行くの苦手でね、

    いつも別のバスに乗っちゃうのよ。石井くんいれば安心ね」


確かに、峠の上のホテルに行くには

箱根湯本の駅前にたくさん来るバスの中から

行き先を選んでバスに乗り、

そして時には乗り換えないといけないから、

人によっては、迷うと思う。


僕は、そこにまで行く案内人として喜ばれたことに、

なぜか少し釈然としない思いがあったものの、

まあ、喜ばれないよりかはいいかと思い、

「僕も、うれしいです。」とひとまず答えた。


すると佳子さんは「私も」と言って、

まるで少女のような純情あふれる笑顔を

きらりと横顔で見せた。



僕の胸に、その横顔がきゅきゅっと刺さった。

佳子さんの横顔は、僕が初めて見る横顔で、甘酸っぱい薫りがした。

僕の心の中にも、オレンジジュースが注がれたようだった。

そんなふうに、心に染み入ってくる佳子さんを前に、

僕の話せる言葉は、限られていた。


僕 「それにしても、偶然ですね」


そんなありふれた一言を言ってしまった僕に、

佳子さんは少し冷たい返事をした。

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