第14話

そして、目を丸くしていた。きっと、お互いに。



佳子 「石井くん?」



まずい、見つかっちゃった。



佳子 「どうしてここにいるの?」



それ、こっちの台詞なんですけど。



僕 「あの、泊まり明けでロマンスカーに乗ったら、佳子さんいて、驚いていました」

佳子「ああ、来てくれたのね。よかった」


佳子さん、何を言っているんですか。きっと寝ぼけているのだろう。


僕 「あの、偶然なんです。僕、最初後ろの席にいて、席を代わったら佳子さんいて」


僕がそこまで言うと、ロマンスカーは、軽やかに町田を出発した。


うお、降りられなかった。

少しあわてる僕を見て、佳子さんは、目をぱちくりさせた。

クリーム色のふわりとしたショールで、少し口をふさぐようにしてから、

僕を見て、笑った。


佳子 「ま、いいじゃない。こんなこともあるのね」

僕  「はい。」

佳子 「のど渇いちゃった。あ、車内販売きた。」


後ろを振り返ると、

ちょうど販売員の女性がワゴンを押して訪ねてくるところだった。


昔のロマンスカーは、別の場所で淹れたオレンジジュースを、

お姉さんがうやうやしく持ってきてくれていたけれど、

つい最近、それが廃止されてワゴンサービスに変わった。


昭和のころにはできていたことも、

今はいろいろな事情の変化でできなくなっているのかもしれない、と思った。



佳子 「すみません、オレンジジュース2つ」



え、オレンジジュース?しかも2つ?


佳子 「せっかくのご縁ですので、石井さんの分も注文させていただきました。」


おどけるように丁寧に言う、佳子さん。


佳子 「私、ロマンスカーのオレンジジュース、昔から好きなのよね。

    パパが昔よく買ってくれたの。

    パパはジュース買わない人だったのに、ここでだけ、買ってくれたの」

僕  「そうなんですか」



僕はまた、驚いた。

母親と一緒に飲んだ、僕にとって思い出のオレンジジュースが、

佳子さんにとっても、思い出のオレンジジュースだなんて。


僕は思わず、母親と飲んだオレンジジュースの話をした。

すると、佳子さんはまた目を丸くして、「そうなの。似てるね。」と言ってくれた。


テーブルの上に置かれたキラキラとしたぶ厚いグラスに入ったオレンジジュースに、 

佳子さんとほぼ同時に、ストローをするりと挿して、きゅっと一口飲んだ。


佳子 「あー、おいしいね。」

僕  「はい。」


僕も、一口飲んだ。ものすごく、おいしかった。

母親と飲んだ昔の日のことが、なぜか急に思い出されてきた。


佳子 「お母さん、きっと、すごく苦労してたんだと思うよ。

    生きてたら、よかったのにね。」


そう言うと、佳子さんは、少し目に涙を浮かべていた。


僕  「そうですね。ありがとうございます。」


僕は、そう言うのが精一杯だった。


窓の外を見ると、

ロマンスカーは海老名と厚木を結ぶ相模大橋のあたりを通過していた。

桜の木が、寒々とした曇り空の下に立っていた。


いきものがかりの「SAKURA」という歌に

小田急線の窓に映る桜、とあったけど、あれかな。

あの歌も切ないよな。


そして、今ここでまた佳子さんに再会してしまった僕も、切ない。

しかも、佳子さんが家族の話をすると、さらに切ない。


そんなことを思っていると、僕も泣きそうになってしまった。

すると、佳子さんは、その雰囲気を察知したようで


佳子 「そういえば、石井くん、どこ行くの?」


と努めて明るく聞いてきた。

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