第8話
「僕、佳子さんのこと、大好きでした!」
僕は予定通り、勇気をもって、
口火を切った。
これは、僕の中では
まったくの予定通りだった。
そして、佳子さんの反応を
気にする間もなく、話を続けた。
僕が伝えたかった、
23年間伝えられなかった、
ずっとずっと言いたかった、この言葉を。
「早稲田に合格できたのも、
母親が亡くなったのを乗り越えられたのも、
全部、全部、佳子さんのおかげです。」
「でも、あのとき、僕が子供で、
佳子さんにお礼がちゃんと言えなくて、
好きであることも、きちんと言えなくて、僕は本当に後悔していました。」
「でも、きょう、代々木に戻ってきて、
ここで会えて、
昔と同じように話せて、
同じように笑えて、
同じ時間が過ごせて、
本当にうれしかったです。」
「僕、23年前の忘れ物を、
取り戻すことができたみたいで、
僕は、本当に、うれしかったし、
楽しかったです。」
「きょうは、本当に、
ありがとうございました!」
頭を下げて、ゆっくり、上げて。
そこで初めて、
僕は、佳子さんの顔を、まともに見た。
佳子さんは、目を見開いたままだった。
そして、心なしか、いや、確実に、
青ざめていた。
まずい。
僕、なんて一方的なことを
言ってしまったんだ。
僕の悪い癖だ。
何かに有頂天になってしまったとき、
一方的になる。
僕は、ものずこく悔やんだ。
何かフォローしなきゃ、と思って、
口を開こうとした。
すると、佳子さんが、先に口を開いた。
「あのね」
「あのね」
「わたしも、石井くんのこと、好きだったんだ。」
・・・いま、何て言った?
僕は、目の前が真っ白になった。
比喩ではなく、本当に真っ白になった。
そして、頭の中には、
NHKがめったに放送しない
「臨時ニュース」の開始を告げる、
鉄琴のチャイムが繰り返し鳴り響いた。
「わたし、誰かのために
何かをやってあげたいって思ったのは、
石井くんが初めてだった」
「それって、好きってことなんだって、
あとでわかったんだけど」
「それに、私は女子中、女子高だったから、
男の子とどうしたらいいか、
あのとき、まだ、わからなかった」
「わかっていたら、
もうちょっと違っていたかも
しれなかった、ね」
「私もね、きょう、
23年前が戻ってきて、うれしかった」
「わたし、この人のことを好きだった」
「ありがとう、うれしかった。
ありがとう…」
佳子さんの立て続けの言葉に、
僕はひるまず、何かを答えようとした。
僕は、昔から、誰かから何か言われて、
言い返せないということはなかった。
以前、坂の上テレビに総理大臣が来て
毒づかれたときも、言い返した。
しかしこのとき、
佳子さんが、あの佳子さんが、
あまりにも大きなことを言ってくれたので、
僕は、言うべき言葉が見つからなかった。
どうしよう。どうしよう。
情けないことに、
言葉の代わりに出てきたのは、涙だった。
僕は両目から、
大粒の涙をボロボロこぼしてしまった。
「あ、あの・・・」
それを見た佳子さんは、
気を取り直したように、
少しお姉さんらしい笑みを浮かべた。
「ほら、女の子の前で、泣いちゃダメだよ」
そう言って、
そっとハンカチを差し出してくれた。
そのハンカチが、強烈だった。
ハンカチからは、
予備校で隣の席に座って
勉強を教えてくれたときに薫った
あの、佳子さんの匂いが、
これでもか、これでもか、というほど、
迫ってきた。
全く同じ匂いだった。
なつかしく、やさしい匂いだった。
「絶対にこのハンカチを汚してはいけない」
僕はそう固く心に誓い、
涙を拭くふりをして、
ハンカチは使わず、下をしばらく向いて
涙が止まるのを待った。
少し経って、ようやく顔を上げた。
すると、驚きの光景が広がっていた。
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