第6話
あの、あの、あの、佳子さんだ。
そこにいたのは、昔とほとんど変わらない、あの、佳子さんだった。
身長155センチ。
髪も当時とまったく同じで、
やや細く編んだ三つ編みの黒髪を、後頭部にアップにしてラインを作っていた。
か、かわいい。ほんとに、変わってない!
佳子さんは、もう40を超えているはずだが、
どう見ても、どう厳しく見ても、40代や30代には見えず、
20代の風貌だった。
「30代に見える40代」はいるけれど、
「20代に見える40代」はめったにいない。
まるで、沖縄で雪が降るようなものだ。
沖縄での雪の観測は、明治以来の長い歴史の中でも、2度しかない。
しかも、ブログと違って、ものすごく元気そうだった。
そして、僕が振り返った瞬間に見せてくれた、
これでもかという、気品のある、突き抜けるような笑顔。
僕の心の中に、雲ひとつない青空が広がった。
と同時に、僕はすっかり混乱し、動揺していた。
僕 「あ、あのう、そのう、お久しぶりです」
佳子「はい。」
僕 「ずいぶん元気そうで、びっくりしました」
佳子「びっくり?」
僕 「はい。ブログにずいぶんつらい話が書いてあったんで」
佳子「ああ、石井くん、あのブログ、最後まで読まなかったの?」
僕 「え、続きがあるんですか」
佳子「そう。そこには書いてあるんだけど、
私、働けなくなってしばらくしてから、ダンスを始めて、
それですっかり元気になって、今、坂の上テレビのそばでダンスを教えているの」
僕 「ええ!坂の上テレビ!?」
佳子「予備校でも言ったでしょ。問題文は最後まで読まないと、ねっ(笑)」
佳子さんは、高校生を諭すような顔をしたあと、得意気に笑った。
そうか、ダンスを始めて元気になって、仕事で毎日ダンスにいそしんでいるから
昔と同じような風貌なのか。
一本とられた。
それに、僕が今いる坂の上テレビのそばで働いているなんて、
なんて灯台もと暗しなんだ、と思った。
あと、最初の電話で言っていたとおり、家が中野坂上に近いってことは、
たぶん僕が通勤に使っているバスと同じバスに乗っているんだな。
道理でバスで手帳を拾うはずだ。世間は狭いなあ、と思った。
そして、店に入った。
やや奥の、2人がけの、斜めになっている、目立たない席に着いた。
すると、佳子さんは、するりとコートを脱ぎ始めた。
イギリスの有名なブランドのコートだった。
佳子さんは、体にまとわりつくようなコートのベルトを緩め、
腰を少し回し、ベールを脱いだ。
「えっ」
僕は、コートから身を放たれた佳子さんを見て、
唖然とした。
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