第5話
みわ 「なんか、いいことあった?」
僕 「別に」
みわ 「ふうん」
僕 「なんで」
みわ 「流れが違っていたから」
僕 「流れ?」
みわ 「あー めんどくさいね。
なんでもない」
よく分からないことを言いながら、みわちゃんが、風呂に消えた。
よかった。さあ、見るぞ。
僕は一目散にパソコンに向かい、佳子さんが教えてくれたブログを早速見ようと、
ネット検索をかけた。
ブログはすぐに、見つかった。さあ、1ページ目からしっかり読むぞ!
しかし、そのブログを見て、僕は愕然とした。
「え?」
その内容は、あまりにもひどく、想像を絶する世界が広がっていた。
すると、今度は背後から、想像を絶する声がした。
みわ 「ちょっと!」
僕 「な、なに?」
みわ 「お風呂入れてないでしょ!
浴槽が空よ!」
僕 「ああー、ごめんごめん」
僕は一気に、現実に引き戻された。
みわちゃん怒ってる。
そらそうだよな、
裸になって風呂場に入ったら浴槽、
空だもんな。
佳子さんから電話がかかってきて、
すっかり舞い上がっていた僕は、
風呂を入れるのさえ、忘れていた。
みわちゃんに丁寧に謝った。
そして、数時間後。
風呂を済ませ、
機嫌が悪かったみわちゃんが寝静まり、
ようやく、僕はブログと真剣に向き合えた。
佳子さんのブログの内容は、
およそ以下のとおりだった。
▼就職活動に失敗。大学卒業後、
塾関連の会社に就職したものの、合わずに
1年足らずで退職。
▼以降、転職を繰り返す状態が続く。
▼4社目が超ブラック企業のマスコミ。
1週間家に帰れない状況が頻繁に続く。
風呂と寝床はいつも健康ランド。
▼上司のパワハラを受ける。
ストレスがたまり、酒が手放せなくなる。
▼やがて酒量が増える。
ビールを毎日3リットル飲むようになる。
▼ついに倒れる。
以降、医者から働くなと言われる。社会に復帰するのが困難に。
なんだ、これは。
僕は、この23年間、
ずっと勝手な妄想をしていて、
「お嬢様の佳子さんは、きっとノホホンと仕事をして
誰かと結婚して、順調に、幸せに暮らしているに違いない」
と思い込んでいた。
「誰かと結婚して」の部分だけは
合っていたけれど、
それ以外はひどい話ばかりだ。
「こんなにひどい状況で、
佳子さんに会っていいんだろうか」
「ひょっとして、今は会わないでほしいと思って、あえてブログを教えたんじゃないか」
と思い、僕は一瞬、ためらった。
しかし、こんな偶然で、
せっかく会ってくれるというのに
会わないとあまりにもったいないし、
会って励ましてあげることも
できるのではないか、と思い、
やはり会いに行こうと思った。
どれだけ苦労を重ねたんだろう。
僕は、長年そこに
思いを致せなかったことを、悔やんだ。
白髪だらけなのかもしれない。
風貌がまるで変わっているかもしれない。
でも、それでもいい。
あの一言が、言いたい。
僕、もう、後悔したくない。
やっぱり、会ってみたいと思った。
でも、
ずいぶん面倒なことになるかもしれないな。
行くのだって面倒のような気がするし。
ん?
でも、よく考えたら、
あまり面倒って感じがしないな。変なの。
僕が、僕じゃないみたいだ。
あんなに面倒が嫌いだったのに。
僕は、自問自答をするようになってしまった。
まあいいや。とにかく行ってみよう。
そう思って、日々が過ぎるのを身を低くして、待った。
そして、佳子さんに会う日を
いよいよ迎えた。
僕は定刻の30分以上前に、
代々木のバーガーの前に着き、
佳子さんを待った。
普段なら、5分ももったいないのにな。
なんでこんなに早く足が向いたのだろう。
よくわからない。
ものすごく長い時間が経ち、
ようやく定刻になった。
定刻になった瞬間。
後ろから、あの、少し甘く、
ややかすれた声がはっきりと聞こえた。
「石井くん。」
僕は、満を持して振り返った。
すると、そこには、
まったく信じられない光景が広がっていた。
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