第3話
次の日の放課後、俺は約束通りオリジナル曲の音源の入ったCDを持って教室を出る。向かうはあの場所。本来屋上は立入禁止のため、そもそもあんなところに用は無い。逆に言えば、出入りしているところを見られてしまうと不審がられるので、人がある程度減った時間帯を選んだ。
人目を気にしながら廊下を進む。例の階段の前まできて再度周りを確認し、上っていく。
既に彼女は来ていた。階段に座って、相変わらず耳にイヤホンをしている。手にはCDプレイヤーが握られていた。
「持ってきたぞ」
バッグからCDを取り出し彼女に差し出す。彼女はそこで初めて俺に気付いたようで、顔を上げ急いでイヤホンを外した。そんなに音楽に熱中してたのか。彼女は集中すると、周りが見えなくなってしまうのかもしれない。
無言でCDを受け取る。改めてみると、やっぱり綺麗な手をしている。
無言のままCDプレイヤーにセットし、再びイヤホンを耳に着ける。再生ボタンを押した後、その綺麗な手をお腹の前で軽く握り周りの全てのものを遮断するようにゆっくりと目を閉じた。
初めて、本当の彼女を見たような気がした。いつもは冷たい、氷のような人だけれど、今こうして音楽を聴いている姿は、氷ではなく水のよう。どんな形にも変化する流動的なその心で、俺の作ったその曲の全てを受け止めようとしてくれている。外界を遮断し、自分だけの世界を作り、その曲さえも、きっと彼女の一部となるのだ。
俺は、彼女を観察し続けていた。きっとこれが、リンという人なのだ。氷のようだと思ったその人は、その固い外壁の中に、なんだって受け入れる水のような人格を宿していた。
4分ほどの曲が終わり、彼女はイヤホンを外し目を開ける。その目はもう、冷たくなんかなかった。
「やっぱり、アンタの歌は良い。」
「え……」
「ありがとう」
「いや、それはこっちのセリフだよ。俺の作った曲を、ここまで自分のものにしてくれるなんて、思ってなかった」
「……なんでアンタに、そんなことが分かるの」
「そりゃあまあ、ここで初めて会った時から、お前がどういう人間なのかずっと見てきたからな」
「……」
何も言い返してこないのを不思議に思って彼女の方を見る。これまでで一番、面白い顔をしていた。
「そんなにびっくりしたわけ?すっごいあほみたいな顔してるぞ」
「……うるさい」
彼女は俯いて、小さくそう言った。もう、以前の氷の彼女はいなかった。俺の曲の何が、彼女をここまで変えさせたのかは分からないけれど、分からなくていいなとも思う。本当の彼女を見ることができた。そうして、この曲は生まれた意味を与えられた。この曲の生みの親として、こんなに嬉しいことはない。
彼女が再びこちらに顔を向けて口を開く。
「ねえ。このCD。私に、くれないかな」
「ああ、うん。いいよ。たくさん聴いてやってくれ」
「……うん。ありがと」
初めて見た彼女の笑顔は、とても透き通っていて美しかった。
■
土日が明け、新たに一週間が始まる。今日は朝から雨が降っている。登校中傘を差しながら、俺はリンのことを考えていた。たくさん聴いてくれただろうか。飽きたりしていないだろうか。そうだ、放課後またあの場所へ行ってみよう。なんとなく、今日も彼女はそこにいるような気がした。
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