第2話「モニカは静かに暮らしたい」
「はぁ~~~・・・・・・」
ビスメルク家の邸宅を深~いため息を吐きながら歩くメイドが一人。
栗色の髪をちょっと長めのボブカットにした、少し幼さの残る少女である。
男爵家より花嫁修業の一環としてこのビスメルク家にやって来てからはや1年、ガウナお嬢様のわがままに振り回されてきた直属のメイドである。
名をモニカ・ヴィルコンメンと言う。
(だいたい、なんで男爵令嬢である私が、よりによって公爵家のお嬢様のお世話係なのよ~!)
この世界、特にプロイスンでは一般的にある程度の年齢に達すると低位の家から上位の家に花嫁修業と称して小間使いに送られるのだ。
しかし、通常では上位といっても一階級二階級上がいいところ。
爵位最下位の男爵なんて普通は懇意にしてもらっている子爵、極極々稀に下位の伯爵家程度に送られるのが常である。
さて、モニカの出身地を説明する為に、このプロイスン王国の地理を簡単に説明せねばなるまい。
お手持ちの世界地図、または欧州の地理がわかるものをご用意願いたい。
この世界の元になったゲーム「野に花」はその地理に地球のソレを流用していた。
プロイスン王国はドイツ、チェコ、オーストリア、デンマーク、ポーランドの西半分の国土を持っている。
プロイスン王国王都ベルベンはベルリンの位置になる。
西にフランヌ王国があり、フランス、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクをあわせた国土を持っている。
有史以来、プロイスン王家、フランヌ王家、両家の仲の悪さはすでに奇跡の域である。
南にノーマ帝国があり、イタリア、スイス、スロベニア、クロアチア、ハンガリー、ルーマニア、ボスニアヘルツェゴビナ、モンテネグロ、セルビア、コソボ、マケドニア、アルバニア、ブルガリア、ギリシャ、地中海を挟んでチュニジアまでが国土である。
古代時代には大帝国を築いたノーマであったが勢いは衰え、何とか現状を維持している状態だ。
北東にはポラン王国があり、ポーランド東半分、スロバキア、リトアニア、ラトビア、ベラルーシが国土である。
ポラン王国の東にロシアン王国があり、ロシア、ウクライナ、モルドバが国土である。
ガウナのビスメルク家の治める領地がプロイスン王国西側、フランヌ王国国境線(ドイツ、ケルン周辺にお屋敷がある)。
モニカの実家、ヴィルコンメン家が治める(極小ではあるが)領地がプロイスン王国南東、ポラン王国国境線(チェコ、ブルノ周辺)である。
以上、国土説明終了。
モニカは知らないことではあるが、モニカの父が王都であるベルベンに出向いたときの事だ。
貧乏貴族であるヴィルコンメン家の当主はその貧乏性と優しさでもって買出しも自ら赴くような性格である、貴族というよりまるで商人のようだともっぱらの噂であった。
そのときも国政の関係で王都に出向いた帰り道、ベルベンから南西にあるフランクフルツでアプフェルヴァイン(りんごのワイン)を買って帰ろうと思い立った。
商人から買い取るのも可能ではあったが中間マージンを考えると遠回りをして買って帰ったほうが得になると判断してヴィルコンメン家の馬車は一路ベルベンからフランクフルツに出発した。
ちょうどその時、ガウナの父、ビスメルク家の当主も王都から屋敷のあるゲルンへ帰路についていた。
しかし、不運にも馬車が壊れ、修理も不能ということで立ち往生していたのだ。
そこに通りがかったのがヴィルコンメン家の馬車である。
さらに偶然は重なった、両家当主ともに顔も家紋も知らなかった。
方や東の端っこの極小貧乏男爵、方や大貴族である侯爵、二人ともこのような形で会うとは夢にも見ていなかっただろう。
さらにビスメルク家の当主も必要以上に着飾ったり飾り立てたりを嫌う実用主義的な考えの持ち主だったために、あまり豪華な服装ではなかったのもひとつである。
男爵はまさか、相手が侯爵であるとは思わず声を掛けた。
「よろしければ、ご一緒にいかがですかな?」
いくら自国内、それも治安が落ち着いている方の国だとしても、立ち往生していたのは他の貴族の領地、しかも近くの大きな町まではかなりの距離があった。
野盗はもちろん、凶暴化した野生動物(一般に
侯爵はこれに痛く感動した。
一行はフランクフルツを経由し、ゲルンへ向かった。
道中、二人でワインを飲み交わしながら語り合った。
ここでも奇跡か悪夢か、お互いが貴族であるということ以外はお互いが話題に出さなかった。
曰く、花嫁修業に出す娘の奉公先がまだ決まっていないこと。
曰く、娘の世話係が足りないこと。
二人とも笑い話として「お互い困ったものですな」「まったくですな」などと笑っていた。
男爵は無事に侯爵を送り届け、侯爵の「お礼を差し上げたい」との言葉に「家族が待って居ますので」と断り足早に帰路に着いた。
自領から遠く離れた地に送り届け、謝礼も要求せずに去っていく。
侯爵は男爵のその潔さにさらに感動し、すぐに手紙をしたため始めた。
さて、驚いたのは帰宅した男爵である。
帰宅して数日後、とてつもなく上品で格式高い書簡が届いた。
最下位の男爵の中でも底辺のヴィルコンメン家では一生に一度でも送られてくることのないような書簡であった。
男爵はすぐさま少ない書物が入った本棚から埃をかぶった家紋一覧をひっぱり出す。
そのときの事はモニカもよく覚えている。
父の書斎からこの世の物と思えない悲鳴が小さな男爵家に響き渡った。
何事かと書斎に走ると、泡を吹いて倒れた父と、ソレを見て倒れた母、倒れた母を受け止めようとして後頭部を強打して気絶した我が家ただ一人のメイドと、混沌の極みであった。
その時つぶやいた言葉は今も覚えている。
「どういうことなの?」
それからはまさに嵐の様であった。
すぐにビスメルク家へ行く準備が始められ、あっという間に問題のお嬢様と遭遇した。
地元ではおてんば娘とからかわれたモニカですら手を焼く問題児のガウナである。
悪役令嬢の名に恥じない我が侭、傲慢っぷりを遺憾なく発揮して数々の世話係を自主退職へと追いやったのである。
一年前の同期で生き残っているのはモニカだけであると言う惨状だった。
そして、そのお嬢様は今日も問題を起こしてくれた。
中等部入学一週間前のこのタイミングで階段から転倒、転がり落ちたのである。
すぐさま医者を呼んで診てもらい、奇跡的に異常なしの結果をいただいた。
また我が侭に振り回されると思うとため息が漏れた。
目の前に迫ったガウナの部屋の扉を前にしてまたしてもため息が漏れた。
「お嬢様、モニカです」
扉を前にして恐る恐る声を掛けるも返事がない。
「お嬢様?」
まだ寝ているのか?
それとも、時々癇癪を起こして暴れるお嬢様だの為にこの部屋は少し壁が厚くしてある。
その為、聞こえていないのか?
どちらにせよ、旦那様から遠慮は無用と言われているか。
と、思い直したガウナは少し躊躇してから扉を開けた。
その視界に飛び込んできたのは。
「ふんっ! ふんっ!」
(だんっ! だんっ!)
渾身の力でもって壁に体当たりを続ける我がお嬢様の姿であった。
「ど、ど、ど、どういうことなのぉっ!!?」
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