チーT.A.S悪役令嬢は遊びたい
T-Kasiwa
第1話「お嬢様、異世界に立つ」
「見覚えのある天井ね…….」
目の前に広がる石造りの天井を眺めて少女は呟いた。
まだ体に上手く力が入らないが、何とか上半身を起こしておぼろげな記憶を呼び起こす。
自分が誰か。
プロイスン王国ビスメルク侯爵家令嬢。
ガウナ・ビスメルク、12歳、女。
ビスメルク家はプロイスン内でも最も緊迫している西の隣国、フランヌ王国と面する領地を持つ辺境”伯”であるが、その政治的重要性と数々の武功から王国内でも数少ない爵位序列第ニ位の”侯”爵の地位を授かった一族だ。
しかし、同時にただのガウナでもない。
階段から落ちたショックで前世の記憶とやらを思い出したせいで。
どうやらこの世界、『野に咲く花から』(通称:野に花)というタイトルの乙女ゲーらしい。
あらすじは良くある事に、一般庶民であるヒロイン(美少女)が貴族平民問わず受け入れる王立学校へ入学し、その愛される性格と努力、ちょっとばかしの運命的幸運で特定の男子キャラと恋仲に発展するというもの。
そして、その世界での『ガウナ・ビスメルク』の立場というと。
攻略筆頭キャラ、『フリードリヒ・プロイスン』(愛称・フリッツ)の婚約者。
これまた王道的な立ち位置だが、いわゆる悪役令嬢というヤツらしい。
主人公と婚約者、ひょんな事から知り合った二人は徐々に親密な関係へと発展していく。
しかし、それが面白くないのが政略結婚ながら自身も攻略キャラに思いを寄せるガウナ。
彼女はやがて嫉妬から主人公に数々の嫌がらせを繰り返し、最終的には殺人未遂まで起こしてしまう。
結局、卒業式前の舞踏会で主人公と恋仲になったフリードリヒに数々の悪行を追求され、卒業式を目前にして婚約破棄、退学処分にされてしまう。
エピローグで語られるには、荷物をまとめ泣く泣く領地であるプロイスン領に帰り着くのだが、もともと厚顔無恥で高圧的、わがままで癇癪持ちなガウナは領民たちからも嫌われており、さらにそこに領内での大干ばつと作物への流行病のせいで税が納められない領民と是が非でも税を取り立てたい領主との対立などのトラブルの連発。
してビスメルク一家は婚約破棄の悪評も相まって官民一体となったボイコットを実施され、某アイルランドの土地差配人の大尉の如く国を去り、行方不明になってしまう。
悪役令嬢の典型的なバッドエンドだった。
つまり、この世界が本当にゲームと同じ世界であるなら、いつか社会的、物理的に破滅する可能性が高いと言う事。
15歳での王立学校入学までに対抗策を講じないといけない。
だ か ら ど う し た
ガウナは前世の自身の事はあまりよくは思い出せない。
しかし、ゲーム『野に花』を購入したのはまともにゲームをプレイする為では無かったと断言できる。
その理由を知るにはゲーム『野に花』を詳しく解説しなければならないだろう。
新世代VRゲームとして誕生したこのゲームは大筋は所謂『乙女ゲー』である。
主人公の少女が学校生活を通じて攻略キャラと親しくなり攻略キャラの抱える悩みを共に解決して2人が結ばれてハッピーエンドを迎える。
ここまでは一般の乙女ゲー愛好者の方々にも普通に受け入れられる内容であろう。
しかし、公式サイトに掲げられたキャッチを見て多くの人が首を傾げただろう。
『圧倒的ボリューム! 脅威の多様性! 前代未聞の拡張性! 永久に飽きる事の無いゲームがここに!!』ジャンル:オールジャンルゲーム(CERO:Z)
多くの人は良くある誇張宣伝だと鼻で笑ったであろう、かく言う前世のガウナも鼻で笑った。
しかし、発売後にその宣伝が決して誇張などではない事が明らかになった。
某掲示板の書き込み曰く。
「乙女ゲーを始めたと思ったらオープンワールドに放り出された」
「キャラ攻略中にいきなり2Dドットの横スクアクションが始まった。しかも何種類もあるみたいで飽きない、15ドット以上の落差から落ちると死ぬタイプがあるので注意」
「なぜかサンドボックスゲーになって家を建築するハメになった」
「あるキャラのルートに乗った途端に高度な戦略ゲーになった、中世以前の世界設定の筈なのに研究ラインの後半がWW2以降まであってヤバい」
「クライムアクションが始まったと思ったらFPS、レースゲーム、フライトシューティングをやっていた」
「〇〇(キャラ名)はルート途中から会社経営シミュレーションになった、今は都市経営シミュレーションをやっている」
「攻略上、ハンティングアクションパートで激レアドロップアイテムを複数入手する必要がある。このパート中はオンライン可能なので誰か狩に行きませんか?」
「無双アクションパートに導入可能な『追加コンテンツ』が公式サイトで販売開始された件。戦略ゲームパートで自作武将配置するの本当おもろ」
などなど、全員が同じゲームをプレイしているのに全員が違う報告を上げてくると言う前代未聞のカオスが発生していた。
なにをトチ狂ったのか開発スタッフはこのゲームに古今東西のあらゆるジャンルを突っ込んだのだ。
しかもそれぞれのゲームの完成度が微妙に高いのがまた微妙にいやらしかった。
ある時、そんな嵐の様な掲示板に新たな燃料が投下された。
曰く。
「各ゲームの完成度はそこそこ高いが、わりとデバグとかガバい」
「物理演算が荒ぶってる、3Dパートで馬車が空の彼方へ飛んで行った」
「公式がチートの使用とMODの導入を推奨している件。専用の掲示板が設置された。RPGパートのセーブデータ内容改造ソフトはこちら」
ここに来ての報告でさらなる客層がこのゲームに参入する事になる。
ゲーム的な不正を行ない圧倒的強者として楽しむ(一部圧倒的弱者になってプレイする者もいた)、所謂チーターと呼ばれる層。
ゲームに新たな要素を追加するデータを開発してさらなる世界を開拓するMOD開発者。
ゲーム内の不具合を調べることに情熱を注ぎ、趣味で何時間も掛けて可笑しな事を探し出すデバッガー。
野に花はこの層の参入でさらに盛り上がりを見せる事になった。
とある動画投稿サイトには様々なプレイスタイルの動画が投稿された。
ある者はゲーム開始時から圧倒的資金を持ち。
ある者の動画では中世欧州の街中を日本のパトカーが走り回り。
ある者の動画では主人公の少女が木箱などと一緒に天高く打ち上げられていた。
もちろん前世ではガウナは……。
後者であった。
このトンでもゲームにデバッガー魂が刺激され、ユーザーが開発するMODの量も豊富、さらにチートも公式公認で使いたい放題である。
確か生まれ変わる直前、神だか、管理者だか、存在なんちゃらだかにそのためのツールを貰っていたはずだ。
ふと気になって右手を見てみる、すると少女の細くきれいな手の、その中指に飾り気のない指輪がはまっていた。
「たしかコレがMODやチートの導入ツールだったかしら?」
現実の世界となってしまったこの世界、ゲームであればできるシステムの改造もセーブもロードも普通では不可能になってしまった。
もちろん万が一にも死亡してしまったら「タイトル画面」などというものは存在しないのである。
その為にガウナが要求したのがこのツールだった。
ゲームでなければ実現しえない現象を起こす最強のツールである。
「まぁ、いいわ。世界が変わろうと、ゲームが現実になろうと、やることは変わらないもの」
そうつぶやいてガウナはベッドから降り、壁に向かって走り出すのだった。
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