もしも、けものフレンズがVR(虚構)だったら

如何ニモ

本編

 なんの取り柄もない僕を見捨てなかったサーバルちゃんの優しさ。それだけが長い旅路を支えてくれた。こんなちっぽけな自分でも、サーバルちゃんを助けられるのならば。僕は命を投げ出してもいいと思った。

 怖さはない。恐怖よりも勇気が湧いてくる。命綱を頼りにサーバルちゃんを引っ張り出せた時は心底安心して、僕はどこかで諦めちゃったのかもしれない。笑みがこぼれて、サーバルちゃんの今にも泣きそうな顔が愛おしく思った。

「さようなら、サーバルちゃん」

 黒い塊が僕を踏み潰す。セルリアンはフレンズ達を飲み込んで、なにを望んでいるんだろう。僕には彼らの考えを汲み取ることはできない。

 でも、思った以上に真っ黒なゼリー状の体内は心地よくて、体の力が抜けていく。ゆっくりと何かに還るかのように、僕は意識を失っていって。一生懸命セルリアンに立ち向かうサーバルちゃんを胡乱な目で見つめながら、僕は静かに息を引き取った。


 □   □   □


「おお、やっと目が覚めましたか!」

 次に目を覚ました時、僕は強い光を見た。それは、電気がもたらす光なんだろう。いつも拝んでいた太陽の光よりも刺激的だ。

「うにゃむにゃ……」

 僕は目をこすって、寝起きの体を動かす。思った以上にギクシャクして、動かしづらい。それに、なにか狭苦しい容器に入れられてるみたいで、這い出るのにすごく苦戦した。

「このまま目が覚めないかと心配しましたよ……本当に良かった」

 白衣を着たおじさんが僕の顔をマジマジと眺める。ペンライトを取り出し、僕の顔をジロジロと観察して。ぽわんと浮ついた頭ではなすがままだった。

「いやはや、君は覚えているかい?」

「なんのことでしょうか……ここは何処ですか?」

 見たこともない機械に溢れた場所。大量の管が繋がったモニターや、ゴウンゴウンと鳴り響く大きな箱。周りには僕と同じ耳や尻尾のないフレンズたちが大勢いて。

「危なかったところだ……君は一時的にVRに入り込んでしまい、そこから目醒なくなってしまったんだよ。多分、ゲームにのめり込んでしまって、現実と見間違えた結果なのかもしれない」

「あの、あなたの言ってることが分かりません。それに、サーバルちゃんや他のフレンズ達はどこにいるんですか?」

 キョロキョロとあたりを見回すが、そこに僕が知ってるフレンズ達はいない。体を起こして探しに行こうとしたら、男の人に止められてしまった。

「おお、まだ動かないで。君の体は万全じゃないんだ。今は点滴で栄養補給をして生きながらえてる状態でな。だから、もう少し横になって楽にしてくれ。なに、またあの世界には戻らないから」

「あの世界って?」


「もちろん、ジャパリパークさ」


 真っ青に顔を染めた僕は、次の瞬間大声で泣き叫んでしまった。僕はジタバタと体を動かして、お医者さん達に体を押さえつけられる。

 どうして、そんなことをあの人達は言うのだろう。そんな、残酷な事実はありえない。ありえないはずだ。

 けど、ジャパリパークの思い出が偽物な気がして、こっちの世界が本物だと妙な確信を得てしまう。なぜだ、なぜ僕は何も思い出せない。なぜ、この世界について何も知らない。

 僕は迷子だ。僕は迷子のままだ。だれか、僕が何者か教えて欲しい。僕はサーバルちゃんや他のフレンズ達と一緒にいて、せっかく見つけた居場所が崩れ去る音が聞こえてしまった。


 ねえ、助けて。サーバルちゃん!


 □   □   □


「やあ、○○さん。今日は調子はどうだい? 勉強の方は捗ってる?」

 優しく問いかける精神科医の女医。カルテを覗きながら、気だるげに語りかける。

「ええ、大丈夫ですよ。なんとか、やっていけてます」

 この世界に来てから、僕は人間の群れで暮らすようになった。

 僕はちゃんと覚えてなかったんだけど、優しい両親がいた。覚えてないと言ったら大泣きされてしまい、すごく心の奥が痛くなった。この痛みはきっと、家族を憂う痛みなんだろう。だから、覚えてないけど両親の愛が痛いほど理解できたんだ。とても、不思議な話だ。

「まだ現実との乖離があるとは思うけど、徐々に治していこう。しかし、技術の進歩というのは恐ろしいものだねぇ。私の時代はブラウン管テレビに移る拙いドット絵だけでも興奮したものだよ」

“けものフレンズ”というVRゲーム。それは非常にリアリティのある、子供向けのゲームだ。あまりの精巧さに大人ですらのめり込んでしまうゲームだった。

 僕は子供だからだろうか、感情移入をしすぎて現実世界との差が分からなくなってしまったらしい。記憶をなくし、すっかりゲームのキャラ“かばんちゃん”になりきっていたんだ。

「先生、僕はまだジャパリパークの思い出が残っていて。あの世界が偽物だなんて思えないんです。どうすればいいんでしょうか?」

 あの世界にはもう戻れない。なぜなら、“けものフレンズ”はすでにないのだから。僕という被害者を出してしまったVRゲームは法律で強く規制された。

「徐々に現実世界に馴染んでいけばいい。それに、私は君の体験が嘘だなんて思っちゃいないよ?」

「そうなんですか?」

「夢を見ることもまた経験の1つだ。その経験を活かして、現実の世界を生きていくのは誰だってするものだよ。だから、その思い出は大切に守っておくといい」

 その言葉は僕を傷つけないようにしてくれたのだろうけど、やはり心にズキンと射し込む。

「君は動物の学者になりたいと言っていたが。まだなりたいと思うかい?」

「はい。僕はフレンズ……動物のために働きたいんです」

「そうか。夢があっていいことじゃないか」

 ずずずと覚めたコーヒーを啜る先生。

「けど、僕は何か間違っている気がしてならないんです」

「それはどういうこと?」

「あれから、僕は動物園に通って、思い出を取り戻そうとしたんです。けど、檻に入れられたフレンズ達に憤りを感じてしまうんです」

「今まで仲良くしてくれた友達と生物としての差を感じてしまったってことか」

 動物園で見世物になっているフレンズ達に同情してしまう。彼女たちと直に触れ合った僕は、どうしても人間と動物との差を否定したいから。

「一番、僕の心を抉ったのは。サーバルちゃんのことなんです」

「ほう」

「調べたんですが、サーバルちゃんは一般の家庭でも飼うことができるんですよ。けど、檻に入れて飼育しなきゃいけなくて。大事な友達を檻に入れなきゃならないなんて、ひどいじゃないですか!」

 大声で嘆いたとしても、それを理解してくれる人は誰もいない。そう、人間には分からない。僕の大切な友達を檻に閉じ込めて、ペットにしか出来ないなんて。

「残念ながら、この世界ではそれが常識なんだ。けど、君は弱い人間じゃないと私は知っているよ」

 人間はやっぱり卑怯だ。やさしく、的確な言葉を吐いてくるんだから。

「おっと、そろそろ時間だ。少し、薬を増やしておこう」

 人間はなんでも持っている。フレンズ達じゃ築けない文明も、文化も。何もかもを持っているんだ。


「ところで、サーバルちゃんは元気かい?」


 僕の隣でニッコリと笑うサーバルちゃん。僕にしか見えない、本物のサーバルちゃん。


「ええ、元気にしていますよ」

『うにゃん!』


 僕の肩をぽんと叩き、すりすりとサーバルちゃんが頬を重ねてくれる。

 僕は強い子じゃない。だって、サーバルちゃんがいないと迷子のままなんだから。

 だから、僕にはサーバルちゃんが必要で。でも、現実世界には存在しない彼女を、僕自身が虚構で作るしかないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もしも、けものフレンズがVR(虚構)だったら 如何ニモ @eureikar

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ