第九十九話【びっくり、冒険者です】


「ギルド長! ババーンギルド長! この書類にもサインをください!」


 私は秘書から大量の書類を受け取った。

 既にうんざりするほど積み上げられた書類の山に、その書類をさらに積み上げる。

 ため息と共に。


 私の名はババンバン・ババーン。

 このデュクスブルク冒険者ギルドのギルド長だ。

 半年ほど前から、冒険者ギルドでは大改革が起きていた。

 そりゃもう、洒落にならないほど。


 冒険者ギルドというのは、そもそも無法者をかき集めて、わずかな金と引き換えに、最低限の社会ルールを守らせる場所だった。

 公共工事で巨大橋を架ける事になって、大量の人間を雇う事になっても、馴染めない人間というのはどうしても発生する。

 そして、そういう連中というのは、得てして問題を起こすものだ。

 そこで、魔物モンスター退治を主とした仕事を割り振る、特別な職を提供する事にしたのだ。

 誰が考えたのかは知らないが、この冒険者ギルドというシステムは、ほとんどの国で採用されたが、同時に自然発生したので、同じ名前でも別組織だった。

 つまり冒険者ギルドという同名の別組織が、国ごとに乱立したのだ。

 所が、半年ほど前、突如それらの組織全てで連携するというのだ。

 そりゃあ混乱する。

 大河向こうの新興国家、ミレーヌ神聖王国が行っている、冒険者ギルドの運営方針が斬新かつ非常に魅力的だったので、それを手本に改革をするのだという。

 神聖王国の冒険者ギルドは、そのノウハウを全て教える代わりに、情報共有と、冒険者ランクの統一化を提言。受け入れられた。

 さらに、統一組織となることで、国からの援助や、民事裁判の一部を譲渡される事になり、現在その調整に四苦八苦だ。


 おかげで、現在、私は死ぬほど忙しい日々を過ごしていた。

 そんな時だ、帝国冒険者ギルド本部から最優先の命令が来たのは。


 それは噂のミレーヌ神聖王国の女王が、この町にやって来るというものだった。

 は?

 意味わからん。


 お忍びなので、気付かないフリをして相手をするように厳命する命令書が添付されていた。

 なんで一国の女王が、こんな寂れた町に来るというのだ。

 その時はそんなふうに思っていた。

 だが、これからしばらくすると、本当に女王がやってきたのだ。

 しかも信じられないことに、お供は10人にも及ばなかった。

 それだけではない、彼女たちは身分を隠しているのだが、事前情報のある私たちからすると、全くその身分を隠せていなかった。

 だがそこまでは良い。

 こちらはそれ相応の対応をすればよいだけだ。


 冒険者ギルドから依頼されたのは、彼女たちの監視と、 簡単な護衛だった。

 もっとも護衛と言っても、彼女たちが滞在する宿の周辺に潜む、素性の知れない荒くれ者たちを排除することだったのだが、そもそもこの国で素性の知れない人間など星の数ほど存在する。本部からの依頼自体が無茶というものだった

 それでも仕事は仕事だ。私は腕の良い冒険者達に彼女の滞在する周辺から、怪しい人間の排除を命令した。

 最低限、危険と思われる、集団の排除には成功した。ギルドとしてできる仕事は十分果たしただろう。

 これで本部に対してのメンツはたったであろう。

(噂では別のろくでなしに絡まれたと言う事だが、彼女の護衛が撃退したそうだ)


 それにしても馬鹿にしている仕事だと思わざるを得ない。

 こんなのは国の仕事であって、ギルドの仕事ではない。

 そもそも、戦争が終わって間もない子の混乱した時期にやってくる、脳内お花畑の女王など放っておけばいいのだ。

 長年続く王国との戦争を終わらせたなどという噂があるが、きっと誤報に違いない。


 だが、その考えは日が経つにつれ、間違えであったと認識させられていく。

 彼女……いや、彼女が引き連れてきたメイド達は、あっという間にスラム街を整備して、集合住宅の建築し、崩れかけていた城壁を城門として修復し、さらには城壁外に巨大な実験農場まで造成してしまったのだ。


 街では既に、ミレーヌ陛下の事を女神だと噂する輩まで存在していた。

 それも、むべなるかな。

 住民たちが長年国に求めていた、ほぼ全てを彼女はあれよあれよという間に成し遂げてしまったのだから。

 住宅、食糧、職。

 もっとも必要とされていたこれらの案件が、わずか数日で解消していくのだ。神と崇める人間の気持ちもわかる。

 それだけでは無い。彼女が連れてきた獣人の地位の高さを見て、それまで偏見と差別の対象であった獣人たちの地位も、徐々に上がっていったのだ。

 彼女が優秀なのか、帝国が無能なのかはわからないが。


 冒険者ギルドにも多大な恩恵があった。

 元スラムや、実験農場。さらに帝国が買い取った農場などの警備として、冒険者を多数必要としたのだ。

 しかも無駄に値切る事も無いから、話もスムーズだし、仕事を受けた冒険者たちの評判もすこぶる良かった。

 むしろ余りにも内容が良すぎて、志願者が続出したほどだ。


 依頼料はきっちりもらえる。食事も無料で配給され、しかも美味い。やや時間にはうるさいが、その分無理な残業など発生しない。それどころか、しっかりと休息の時間を与えられていた。

 そりゃあ、高ランク冒険者だって飛びつくだろうよ。


 そんなある日事件がおこる。盗賊団の襲撃だ。

 泥棒対策程度の人数では、畑から人を逃がすのに手一杯で、とてもでは無いが盗賊を追い返す事など出来なかった。

 もっともその時はメイドが追い払ったのだが。

 ……。

 報告書を書く手が止まる。


「一体誰がこんなのを信じるってんだ……」


 頭を抱えるしかなかった。

 報告書に記したメイドの部分を、陛下の護衛と書き直しておく。


 とにもかくにも、冒険者たちの反応は苛烈だった。

 もしまた襲撃があったら、無報酬でもミレーヌ陛下一行を守ると抜かすのだ。それほど恩義を感じているのだろう。

 実際、冒険者の家族が農場で安定した暮らしをえていた者も少なくないのだ。


 だが、そんな状況を面白くないと思ったデュクスブルクのお偉方は、冒険者たちを街の護衛から追い出したのだ。

 折角陛下がありったけの冒険者を雇う手続きをしてくれたというのにだ!


 これには冒険者たちも怒り心頭。

 イソボン農場組以外の冒険者たちは、それぞれ勝手に、いざという時の為に、街内に潜伏したのだ。金ももらえないというのに。

 全くもって陛下の求心力恐るべしだ。

 ……中にはメイド目当ての奴も多かったようだが、それは言うまい。


 はあ。こんな報告書を本部に提出したら、ギルド長を首になるんじゃ無いか?

 ため息交じりに、当たり障りの無い文章に直していた時の事だ。


「ギルド長! 大変です!」

「なんだ?」

「その……ぼ、冒険者に登録したいって……」

「そんなのそっちで処理すれば良いだろう」

「良いんですか!? 相手はあのミレーヌ様御一行ですよ!?」

「なっなんだと!?」


 そういう事は先に言え!

 怒鳴る間もなく、私は一階に駆け下りた。

 こっそり覗くと、それは確かにミレーヌ陛下だった。


「一国の君主が冒険者に登録だと?」


 私は頭を抱えた。

 抱えない方がおかしいだろう!


 どうしろというのだ。これは試練なのか?

 それとも壮大な本部の試験なのか?


 ……現実逃避をしてもしょうがない。

 私は、カウンターで困り果てている受付と交代する。


「すみません、ちょっとまごついておりまして」

「いえいえ。それで冒険者登録をしたいのですが」

「あ、はい」


 どう言えと。

 私は諦めつつ、書類を用意した。

 本部からは、女王だと言う事を知らぬフリをしろと言われているのだ。しーらね。


「えー、これで手続きは終わりです」

「それでは、シュトラウスさん……様の出している依頼を受けたいのですけれど」


 おいおい、それは名義はたしかにシュトラウス様だが、実際はあんたたちが出している警備依頼じゃ無いか。

 自分で出した依頼を、自分で受けるのか!?

 理由はさっぱりわからないが、手続き上問題があるわけでもなく……。

 少なくともシュトラウス様の依頼ってなってるわけだからな。

 自分で出した依頼を自分で受けるのは、原則禁止だったりする。じゃないと実績を作り放題になってしまうからな。


「あー、受領しました」

「ありがとう。ではみんな、移動しましょうか」

「おうよ」

「わかりました。ミレーヌお嬢様は私が命をとしてお守りいたします」

「だから、死なないでね。とても困るわ」

「ああ……お優しい……!」


 がやがやと出て行く女王一行。

 砂嵐が去った気分だった。


 それで、彼女らは何をするつもりだ?


 答えはすぐにわかった。

 信じられない事に、その後すぐに襲ってきた盗賊集団に突っ込んでいったのだ。

 あり得ないだろ!

 私は頭を盛大に抱えながら、市内で待機している冒険者全員に、出撃命令を出した。

 もう! 知らん!


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