第九十七話【びっくり、参戦です】
一見胸がデカいだけのメイドだが、手にした大剣のそれと、背中に何本もの予備を見せびらかすように背負っているその姿は、歌舞伎者か英雄のそれだった。
命と引き換えに絶対に倒す!
だが、そんなバッハフントの希望は、欠片も叶えられることは無かった。
「はっ。気合いは認めるけどな」
赤いメイドが大剣を一閃。それだけでバッハフントの剣は綺麗にたたき折られた。だが、バッハフントは躊躇無く剣を投げ捨てると、馬上からレッドに飛びかかった。
これこそがバッハフントの本当の狙いだったのだ。
自らの命と引き換えに、この化け物の首を掻っ切ってやる!
しかし……。
メイドがくるりと腕を回すと、バッハフントも空中で回転させられ、その勢いで地面に叩きつけられた。
「げはぁ!」
「おいおい、レディーに抱きつきたいならもっとジェントルマンにならなきゃだめだぜ?」
「ぐぅうう! この化け物め!」
「いいか良く聞け、ミレーヌ様は今の状況を大変にお嘆きだ。今すぐ戦闘をやめろ!」
「……ミレーヌ? 領主の名では無いな?」
「様を付けろよ禿げ助!」
「ふん。正体のわからん敵に付ける敬称などないわ!」
「この状況でその減らず口。嫌いじゃあないけどな。とにかく、兵を引け!」
「断る!」
バッハフントは確信していた。いかにこの赤いメイドが英雄レベルの化け物といえど、これは戦争なのだ。ある程度の流れは変えられるだろうが、戦局に影響するとは思えない。
「ふん。殺したければ殺せ。貴様の足止めを少しでも出来たのだから本望だ」
「メイドは無用の殺しはしないんだよ。必要なら躊躇しないけどな」
そう言って赤いメイド……レッドが手を上に向けた。
(これまでか)
バッハフントは己の最後を悟ったが、どうしてかその時はなかなか訪れなかった。
周りから副頭領を助けろとか、バッハフントさんを救出しろなどと、威勢の良い声が飛び交うが、直後に悲鳴にかわっている。
最後だと思い目を閉じていたバッハフントが、薄めを開けると、彼を中心にぽっかりと空間が空いていた。
「なん……だ?」
答えはすぐ側にあった。
蒼いメイドを先頭に、神官服の女や、エルフの騎士。虎や猫の獣人に守られてゆっくりと進んで来たのは、まだ少女と言って良いような女だった。
おそらく皇帝の親族と思われる女魔導師。
その麗しい見目からも、王族の気品を感じられた。
「こんにちは。貴方がこの隊の責任者ですか?」
「お前は……、何者だ?」
「私はどこにでもいる、ごく普通で一般的な冒険者のミレーヌです」
「一般……普通?」
命を削り合う本物の戦場のど真ん中に、怪我の一つどころか、白いカジュアルドレスに汚れ一つ負う事無く現れた人間を、一般人というのであれば、世界中の一般人という定義を書き換えてやらねばならないだろう。
「はい。ほんと、ただの新人冒険者ですよ?」
その時、のんびりとバッハフントに話し掛ける女に、一斉に矢が浴びせかけられた。
バッハフントも巻き込まれるが、素晴らしい判断だった。野盗などに身を落としたが、良い部下を持ったと誇りたくなるほどだ。
自分の命も尽きようが、貴族か王族の魔導師をやれば、流れも変わるだろう。
口元に笑みを浮かべて、女がハリネズミになるのを見物する事にした。
だが。
「プラッツは右! レイムは左だ!」
白虎の獣人が叫んだ。
「はい!
「まかせろ! 魔力盾」
魔力を煌々と放つ、いかにも強力な魔力の障壁が、彼らを中心に左右二枚展開された。
早い!
あれほどの魔術を一瞬で展開しただと!?
しかも、目の前の魔導師ではなく、従者の神官と小僧が!?
まさかさらに魔導士が二人もいるのか!?
それが偶然だったのか、狙った物だったのかはわからない。
一本の矢が、偶然二枚の魔力障壁の隙間に入り込み、敵の首魁ミレーヌに落ちていった。
相手は魔導師。行ける!
白虎獣人がそれに気付いて走り出す。
が。
それよりも早く、ミレーヌの横に控えていた青いメイドが反応した。
手にしていた銀の盆をブーメランのように投げつけると、矢はあっさりと落とされた。
「不遜!!」
手元に戻った銀の盆を、もう一度、今度は水平に投げつける。
視界の隅で固まっていた弓兵隊十数名が、ただのお盆になぎ倒されたのは、目の錯覚か悪夢としか思えなかった。
その青いメイドが、ゆっくりとバッハフントの眼前に立った。
「ミレーヌ様は、死者が出てしまった事、大変にお嘆きです。そして我々はミレーヌ様を悲しませたあなた方を許す訳にはいきません」
三〇〇の兵士のうち、すでに一〇〇はなぎ倒されただろう。それも、死者が出ないように手加減されて!
そして残りの二〇〇は、この小隊規模の集団相手に、動く事が出来ずにいた。
それほど、圧倒的だった。
「もう一度、お願いします」
困ったように、ミレーヌはバッハフントに話し掛けた。
「引いてもらえませんか?」
バッハフントは壮絶な笑みを浮かべた。
「断る!」
ぼがぁ!
次の瞬間、青いメイドが、バッハフントの腹に強烈な一撃を加えた。
一瞬で意識が飛ぶバッハフント。
「……」
「ミレーヌ様……」
「……レッド。ここの部隊を、お願い」
「任せろ! 行くぞおらぁ!」
それまで囲んでいる敵を牽制していたレッドが、放たれた矢となって、敵の蹂躙を始めた。
「ミレーヌ」
ミレーヌに近づいてきたのは、白虎の獣人ティグレだった。
「大丈夫だ。帝国兵五〇〇〇相手に死者を出さずに追い払ったレッドだからな」
「ええ。そうね。安全を確保したら、怪我人の治療をするわ」
「おう」
ティグレはグッと拳を握りしめた。
馬鹿な正規兵たちは、己の力量を勘違いして吶喊。彼らがフォローする間もなく全滅した。
ミレーヌが近くの物言わぬ骸に近づき、開きっぱなしの瞳をそっと閉じる様を見て、ティグレとブルー。いや、そこにいる全員が決意した。
こいつら全員半殺しだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます