第八十話【みんなで、旅を満喫します】


「お待たせしました、ミレーヌ様」


 宿に戻ると、一階の食堂からして、見るからに変わっていたわ。


「宿の主人に交渉しまして、ミレーヌ様の宿泊するお部屋と、お食事するこちらのロビーを簡単に改修させていただきました」

「あら、オレンジも残っていたのね」

「ああ。ミレーヌ様の為だもんな!」

「ありがとうね、二人とも」

「へへ……」

「当然のことですから」


 そういいながら、ブルーも嬉しそうだったわ。


「そうだ、一応宿のご主人に挨拶しておこうかしら?」

「わかりました、呼んできますね」


 すぐにブルーが、小太りの主人を連れてきたわ。


「こ、これは! こちらのメイドたちの主様で?」

「ええ。この度は無理を聞いていただきありがとうございます」

「とんでもない! こちらこそありがとうございます! 本当にこれを無料で良いのでしょうか?」

「むしろこちらがお金を払う立場では?」

「いえいえ! 椅子と机の新調だけでなく、床の補修に、台所の補修! さらに主様のお泊まりになられる部屋に至っては、隅々まで手を入れていただきまして! 感謝しております!」

「ご迷惑で無かったのなら良かったわ」

「宿代はすでに預かっておりますので、せめて料理の方を精一杯頑張らせてもらいますので、ゆっくりとお楽しみください!」

「あら、嬉しいわ」


 出てきた料理は、川魚料理が中心だったわ。

 ブルーやオレンジに比べたら、料理の腕は下だけれど、きっと精一杯頑張ってくれたのでしょう、充分楽しめたわ。

 お魚料理より、お芋の料理の方が美味しかったわね。


「なかなか美味かったな」

「俺たち、舌が肥えちゃったなぁ。昔は魚なんて串焼きくらいでしか食べなかったよ」

「俺もだ。がははは!」


 ティグレさんもプラッツ君も、ジャングル生活だったものね。

 調味料も塩くらいだったし。

 でもこの町でも調味料は塩くらいねぇ。香草は使っているけれど。


「やっぱり食事は旅の醍醐味よねぇ」

「まだ食材に違いが無いのが残念ですね」

「河を挟んだだけですものね。これから色々増えていくと思うわ」

「ミレーヌ様の~、気に入った作物があったら~、頑張って育てますぅ~」

「期待してるわね、グリーン」


 頼もしいわ。


 ◆


 次の日、1階の食堂で朝食を食べていた時の事よ。


「ミレーヌ。ここまでは予定通りだが、これからどうするんだ?」

「メンヒェルさんに、いくつか貧困地域のリストをもらっているわ。近いところに行ってみましょうか」

「お、地図もあるのか。帝国も大盤振る舞いだな」


 地図は戦略物資ですものね。簡易的な物ならまだしも、預かった地図は、かなり詳細な物だったわ。


「うーん。街道が繋がっていて、かつ広い範囲で開拓が必要そうな場所は……ここだな。デュクスブルクって町だな」


 ティグレさんが地図の一点を指したわ。


「じゃあそこに行きましょうか」

「ちょーーーーーと待ったぁああああ!」

「え?」

「デュクスブルクへ行くなら! この私! シュトラウス・グレンツェントがご案内しよう!!」

「あら貴方は昨日の」

「ふふふ! またお会いしましたねフロイライン!」


 またと言うか、貴方が狙ってやって来たように見えますが?


「またてめぇか……地図があるから案内はいらねぇよ」

「地図?」


 シュトラウスさんが、テーブルに広げられていた地図に気付いて覗き込んできたわ。

 あんまり他人に見られたくはないのだけれど、一瞬だからいいわよね?


「な!? なぜレベル2の地図を!? これは貴族ですらかなり上でなければ見られないはずのもの!」

「ふうん……つまりてめぇはそれを一目見てわかる貴族って訳か」

「そっ! それは……そうだ! それなりの地位にはあるが、現在は休養中なので気にせず気軽に接して欲しい!」

「いや、そもそもあんたと絡む気はないんだが……」

「ははは! すでに拳を交えた仲だろう!」

「なんだこいつ沸いてんのか?」


 なんというか……随分独特な方ね。


「照れなくても良いだろう! なに! この私、シュトラウス・グレンツェントが安全にデュクスブルクまで案内するので、大船に乗ったつもりでいたまえ! はっはっは!」

「だめだこいつ、早く消そう」

「ミレーヌ様。ご許可いただけたら、メイドとして掃除いたしますが?」

「短気はダメよ二人とも」


 言いながらも、これはなんというか、面倒な人ねと確信が止まらないわ。


「それでは出立しようでは無いか!」

「なんでこいつが音頭取ってんだ……」


 プラッツ君、たぶんそういう嫌味は通じないタイプよ。

 しばらく無視しつつ、出立しようとしたのだけれど、うまやから馬車を出すと、シュトラウスさんが驚愕の声を上げたわ。


「なっ! なんと立派なトカゲ車!? もしかしてフロイラインも貴族なのですか?」


 私の代わりに、ブルーがサッと答えたわ。


「いえ。ただのちりめん問屋の慰安旅行ですよ」

「ちりめん……慰安旅行?」

「ちりめんというのは、絹織物の名称です。慰安旅行というのは、商会の従業員一同、日頃の勤労を労うために褒美として連れて行く旅行の事です」

「ふむ……それで慰安の旅行か。随分と羽振りが良いのだね」

「おかげさまで」


 ブルーがあらかじめ用意しておいた設定をスラスラと述べたわ。


「ふむ……まぁいい! 美しきご婦人方を守護するのは貴族の役目! 私に任せておきなさい! はっはっは!」

「ご遠慮願いたいのですが」

「はっはっは!」

「諦めろ……」


 ティグレさんがブルーの肩をぽんと叩きながら顔を横に振ったわ。

 うん。私も無駄だと思うわ。


「……いつでも消します」

「色々ダメですからね」


 ここは他国なのよ?

 そういう問題でも無いけれど。


「それでは出立!」


 白馬に乗ったシュトラウスさんが、剣を天空にかざして宣言したわ。


 ……どこかに捨ててきてもらうのはありかしら?


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