第七十九話【みんなで、仲良くけんかしよ】
帝国の入り口となった、河沿いの町を歩いていたら、なぜか貴族風の男性と、ティグレさんが睨み合う事態になってしまったわ。
なんで?
「私はただ、そちらのお嬢さんを貴族の義務として、エスコートして差し上げようとしただけなのだが?」
「それを余計な親切ってんだぜ? 申し訳ないがお帰りいただこうか?」
「従者風情で貴族にたてつく気かい?」
「俺らは身分にあんまりこだわらないもんでね」
「ならば私が代わりに躾けてやろう!」
「おうよ! 来やがれ!」
あのー。なんで二人喧嘩を始めたのよ?
ティグレさんは、巨大な鉄製の手甲をつけているけれど、流石に鉄の爪は出してないわよね?
貴族の……えっとシュトラウス・グレンツェントさんだったかしら?
シュトラウスさんも、細身のサーベルは峰を向けているから、大丈夫かしら?
「ミレーヌ様、俺も参加して良いか?」
「辞めておきましょう。男の人のああいう所よくわからないわ」
「ちぇ」
「レッド、メイドらしくね?」
「はーい」
ちょっとだけ不満そうなレッドだったけれど、すぐに気持ちを切り替えて、二人の争いに声を上げはじめたわ。
「いけー! そこだ! ああ! 何フェイントにひっかかってんだよ! ちげぇよ! そこで右……逆だっての!」
レッドが楽しそうに声を掛けているから、回りの人たちも集まってきて、いつの間にか賭けまで始まっていたわ。
「ねえレッド。どっちが優勢なの?」
戦いのことはわからないから素直に聞くわ。
「ん? ああ、実力で言えば虎のおっちゃんの方が上なんだけどよ、相手に怪我をさせないように力を押さえ込んでるからな、動きがちぐはぐだな。逆にあのひょろっこい方は、なんかの剣術をやってるな。かなり実践的な流派だな。特に対人フェイントが上手いから、虎のおっちゃんがちょっと翻弄されてるな」
「あら、じゃあティグレさんが負けちゃうのかしら?」
「いやいや。地力はおっちゃんの方が圧倒的に上だから……あ、いやこれ違うな」
「何が違うの?」
「おっちゃん。相手が正統派の剣術使いだって気付いて、わざと長引かせてるな」
「えーっと。ごめんね。私には良くわからないわ」
「つまり、おっちゃんが、貴族の技を盗んでるんだよ」
「それって凄いんじゃない?」
「おう、結構凄いと思うぞ」
「レッドはできる?」
「たぶん」
意外と頭を使いそうだから、ティグレさんの方が上手かもしれないわね。
その後20分くらい争いは続いたわ。
流石に飽きてきた頃、ようやく動きがあったわ。
「おいおい、兄ちゃん、動きが鈍ってるぞ?」
「ぐ……貴様……なんという体力……」
私にもわかるほど、シュトラウスさんの動きが悪くなっていったわ。
ティグレさんの体力が異常なのよね、きっと。
「か……格好いいにゃ……」
貴族を翻弄するティグレさんに、熱い視線を向けているのはミケさんだったわ。
あら?
これは恋の予感?
「きょ……今日の所は……ひ、引き分けと言うことに……しておいてやる……」
「トドメを刺してやろうか?」
「ま! また会おう!」
シュトラウスさんは、最後の力を絞って、走り去っていったわ。
一体何だったのかしら?
「なるほどな……正統派の剣術はこう……いや、こうか」
「違う違う、こう来たらこうだったぞ」
「そうか? こうでこうだろ?」
なんかレッドとティグレさんがその場で剣術談義をはじめちゃったわ。
……もう置いてって良いわよね。
「怪我人が出なくて良かったです」
「レイムさんは優しいわねぇ」
「いえ、ミレーヌ様ほどでは」
「流石にこんな喧嘩だと、怪我をしても自業自得だと思っちゃうわよ?」
「そんなものですか?」
「あれでしょ? 子供同士がじゃれ合うような物でしょう?」
「真剣使ってましたけど……」
「本人たちが納得してるんだから良いんじゃ無い?」
「おーい、ミレーヌ、終わったか?」
「あら、プラッツ君はいなかったの?」
「5分で飽きたよ。そっちの露店を見てたんだ」
「何か面白い物でもあった?」
「うーん。面白いかどうかわからないが、やっぱミレーヌ神聖王国と比べると、圧倒的に食材のレベルが低いな。川魚ですら、鮮度維持がいい加減だよ。村だった頃の俺たちを思い出すよ」
「水の入った樽に、空気を送るポンプが普及するだけでも、随分変わるんですけどね」
「ミレーヌ、あんなポンプを大量生産出来る国は無いと思うぜ?」
「たしかにオレンジに教わった職人さんが作ってるものねぇ」
「ああ。ほかにも血抜きの秘術とかも、隠さず広めてるだろ? 普通は教えないみたいだぜ。うちは村だったから、知識も共通財産だったけど、都じゃ隠し合ってたぜ」
「難しい話ですからね。そういう所に気付いたのは偉いわ」
「そ、そうか?」
「あー、プラッツ様照れてるぅ~」
のんびりとした口調でからかったのはグリーンね。
さっきまでティグレさんとシュトラウスさんを見物していた野次馬の視線が、グリーンに集まっていたわ。
鼻の下が伸びているのを見て、ようやくその理由に気付いたわ。
「ねぇグリーン。その、格好のことなんだけれど」
「はい~ミレーヌ様~」
「……なんでもないわ。うん」
なんていうか、慣れすぎて違和感を感じなかったわ。
レッドもいるし、問題無いでしょう。
本人が好きでしている格好ですものね。
「……衛兵に捕まらなきゃいいけどな」
「言わないで……」
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