第七十八話【みんなで、観光はじめます】


「よーう! そこのべっぴんさん!」


 私たちが町を見学しようと、鼻歌交じりに歩いていると、正面に武装した一団が現れたわ。

 私はそれを避けようとしたのだけれど、なぜか彼らはわざわざ私の前に立ちふさがったわ。


 あれかな? お互い避けようとして、同じ方向に動いてしまうというやつ。


 右、左、右、左、右、右。

 あ、ようやくずれたわね。


 そのまま進もうとしたら、彼らはわざわざ私たちの前にすっ飛んできたわ。


「おいこら! 何無視してんだよ!」

「え?」

「お前だよお前!」

「べっぴんさんとか照れるにゃあ~」

「獣人に用はねぇよ!」

「ひっひどいにゃ!」


 本当にひどいわね。


「ん? もしかして俺のことか? 褒めても胸は揉ませねぇぞ?」

「ぅをぅ!? お、お前もべっぴんだが、今日は違うんだよ!」

「なんだつまんねー。酒だけおごらせて捨ててやろうと思ったんだがなぁ」

「悪魔かよ!?」


 レッド……。


「そっちの金髪! お前だよ!」

「もしかして私の事かしら?」

「そうだよ!」

「あら……べっぴんさんとか……初めて言われちゃったわ」

「マジか? 回りもレベル高いが、あんたも相当レベル高いだろ」

「そうなのかしら?」

「あー、そろそろ俺も話しに入っていいか?」

「んだてめぇ!?」

「虎獣人? 白虎じゃねぇか」

「こいつは俺たちのツレなんだよ。あんまりしつこいようなら……」


 バキバキと指を鳴らすティグレさん。

 暴力は良くないと思うわよ?


「ちょーーーーと、まったぁ! 美しき貴婦人に狼藉を働くのは貴様らか!!」

「はぁ?」


 突然脇道から飛び出して来たのは、貴族っぽい服装の男性だったわ。

 20代後半くらいかしら?

 大仰なポーズで、私たちと、柄の悪い彼らの間に立ちはだかったわ!


 ……だれ?


「大丈夫ですか? お嬢さん!」

「え? ええまぁ」

「おい……」


 ティグレさんが半目で貴族っぽい青年にため息を吐いたわ。


「私が来たからには全て安心解決! そこの小汚い浪人ども! 美しき婦人に対する狼藉はこの私、シュトラウス・グレンツェントが許さぬぞ!」

「いや、そんなチンピラ俺一人で……」

「俺もいるぜ?」

「お前が出たら消し炭も残らねーだろうが」

「手加減くらいするよー。ぶーぶー」


 どうもレッドは暴れたいようねぇ。


「なんだてめぇ!? 突然出てきて邪魔すんじゃねぇよ!」

「いけ好かねぇなぁ!」

「無駄に顔が良いところが気にくわねぇ!」

「構わねぇ! 先に畳んじまえ!」

「「おう!!」」


 なんだか当事者の私たちを置いてけぼりで、喧嘩を始めちゃったわ。


「喰らえ! 残煌飛星剣!」

「ごばぁ! 蹴りじゃねぇかぁ!」

「安心しろ! 峰打ちだ!」

「だから蹴り……がく」

「なんだこれ」


 ティグレさんが呆れて肩を落としたわ。


「お邪魔みたいだから、私たちは行きましょう」

「そうだな」


 こうして私たちは彼らを置いて町の見物に戻ったわ。


 ◆


「ミレーヌ様、これ可愛いにゃ」

「あら、猫の彫り物ね。うん可愛いわ」

「いいもんだろ? この町一番の木彫り職人の作だぜ。お嬢ちゃんべっぴんだから、安くしとくぜ」

「あら、また褒められちゃったわ」

「うーん。迷うにゃぁ」


 本当は買い食いしたいのだけれど、ブルーに自分がいない時は禁止されてるのよねぇ。

 ああ……、プラッツ君とティグレさんが羨ましいわ!

 男の子って、平気で歩きながら食べちゃうわよね!


 うう……美味しそう……。


「き! 君たち!」


 突然後ろから声が掛かったわ。

 振り向くと、先ほどの貴族っぽい青年ね。

 ……青年というには歳を取ってるかしら?

 でもおじさんというほどでもないわよね?

 そんなどうでも良い事を考えていると、その男性がすっ飛んで私の前に立ったわ。


 その途端、その男性が素っ転んだの。

 もちろん、レッドの仕業ね。


「あ、悪い、つい。殺気は無かったけど、急にミレーヌ様に近づくのが悪いんだぞ」

「おぐぅ……」


 男性は、潰れたカエルの様なポーズで地面に倒れていたけれど、身体に付いたホコリを払いながら起き上がったわ。

 結構タフなのね。


「い、いや、こちらこそ失礼した。それよりお嬢さん!」

「私?」

「いえす! お嬢さん! お怪我はありませんでしたか?」

「私より、貴方の心配をした方が良いと思うのですが……」

「私は鍛えてますから! それより先ほどの暴漢から貴方を守れて良かった!」

「……暴漢? そんなのいたかしら?」

「うーん。俺はちょっとわからなかったなぁ」

「お前ら……、さっきゴロツキに絡まれただろうが。まったく赤いメイドは強すぎるのが問題だな……」


 ティグレさんは後ろ頭をがりがりと掻いて、ため息を吐いたわ。


「え……いや、その、このシュトラウス・グレンツェントが町の不良どもからお守りしてあげたでは無いですか!」

「ああ! あの方たち! いえ、皆様が急に喧嘩を始めてしまったので、お知り合いかと」

「そんなわきゃないでしょう! このシュトラウス・グレンツェント。魔術は使えませんが、貴族の末端! あんなゴロツキと付き合うはずもなし!」

「貴族の方なのですね」

「ええ。その通りです。美しいお嬢さん!」

「この町ではお世辞が流行っているのね」

「……は?」

「先ほども露店で同じ事を言われちゃったわ。慣れてないので少し照れるわね」

「俺の胸も褒められたぜ!」

「それはセクハラじゃないかしら?」

「大丈夫だ! 俺は嬉しい!」

「なら良いけれど」


 初対面の女性の胸を褒めるのって、失礼だと思うのだけれど……。


「ま、まぁ細かいことはいいさ! 君たちが無事ならね!」

「別にあの程度の敵、瞬殺できるけどな」

「レッド。絶対に殺しちゃだめよ?」

「わかってるって! 半殺しの意味だから安心してくれよ!」

「……あんまり安心じゃ無いわ」


 戦争でも手加減できたんだから、大丈夫だとは思うけれどね。


「あー、その、ここで出会ったのも縁だ! ぜひ私に町を案内させてくれたまえよ!」


 あら?

 まだいたのね?


「遠慮しとくぜ」


 私より先に答えたのはティグレさんだったわ。


「ふむ? 獣人風情がくちばしを挟んで欲しくないね」

「残念だったな。このお嬢さんは獣人を差別しねぇのよ」

「む……確かに獣人差別の時代は過ぎているな。先ほどの言、撤回しよう」

「お、おう。以外と素直だな」

「ははは! それが私の美徳だからね! だが、それを抜いても、会話に割って入って欲しくないのだがね!」

「俺はこいつの従者で護衛なんだよ。口を出すのは当たり前だろう?」


 妙に迫力のある表情で二人が睨み合ったわ。

 あれ?

 なんで険悪な空気なの!?


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