第八章

第七十七話【みんなで、渡河します】


「ふおおおおおおお! 凄いのじゃ! でかい船なのじゃ!」

「ほんと大きいわね。帝国は造船技術が進んでるのね」

「へぇ……喫水線は浅めだけど、その分船の幅を広げてるのか。外海に出ない船ならではの造りだなぁ」


 巨大な木造船を熱心に見学しているのは、アイーシャさんとオレンジの二人ね。

 ティグレさんは帝国のメンヒェルさんに用意してもらった船の、乗船手続きをしている所よ。

 なるほど、向こう岸も見えない大河を、どうやってあれだけの兵力を運んだのかと思ったら、こんな船を建造していたのね。


「船の大きさの割に、ささやかなマストと横帆スルね」

「ああ、多分あれは補助なんだよ、ミレーヌ様」

「そうなの?」

「ああ。基本は人力によるオールで、風向きが良いときだけ帆を張るんだ。あんな大きさだけど、角度が決まると結構な推進力になるはずだぜ」

「なるほどね」


 船の事は全然わからないわ。

 海の遠い地域ですものね。

 確認したことは無いけれど、オレンジの基礎知識の中には、軍船の知識もあるはずよ。


「あの船は人員輸送を重視して作られたんだろうな。船足は出ないよ。代わりに荷物はかなり詰めるはずだ。ほら、大量の馬車を載せてる」

「凄いわね。戦争じゃなくて、輸送に使われてるのなら良かったわ」

「ベルガンガ帝国、ガルドラゴン王国との貿易に、この大河の渡河は必須だからな。様々な渡し船が就航してる。だが、現在は帝国の元兵士輸送船が巨大渡し船として大人気らしいぜ」


 手続きを終えたティグレさんが、状況を説明してくれたわ。

 そういえば、そんな手続きの書類にサインした覚えもあったわね。


「それじゃあ行きましょうか!」

「おう」


 私たちが乗り込むと、すぐに船は出航したわ。


「なんじゃ、えらい遅いんじゃな、船って奴は」

「この船は、特別遅いのよ。その分荷物が沢山乗るわ」

「馬車を積み込める渡し船はこのタイプが人気らしくてな、本当なら数日から、場合によっては十数日待たされるらしいぞ」

「あら、メンヒェルさんに感謝しないとね」

「このくらいの優遇は普通だろう。気にすることは無いと思うぜ」


 感謝の気持ちは大事よね?


「それにしても風が気持ちいいわね」

「ええ。何か飲まれますか?」

「そうねぇ……」


 これが落ち着いた客船の甲板ならそうしたんでしょうけど、そこは元軍船ね。

 なんというか、すし詰め状態よ。

 船長さんの計らいで、空いてる見晴らしの良い場所を用意してもらったのだけれど、それでも狭いわ。


「魚の臭いがするにゃ」


 ミケさんは食い気優先なのね。


 ◆


「随分発達したでござるな」


 対岸の帝国領に着いて、シノブが開口一番にそう呟いたわ。


「そういえばシノブは前に偵察に来てるのよね」

「ござる。あの頃は寂れた町でござったが」

「凄い景気が良さそうな雰囲気ね」


 計画性のない雑多な建築が、今も広がっているようで、あちらこちらで槌とノミの音が聞こえてくるわ。

 行き交う人々にも活気があって、ちょっと耳が痛いくらいね。

 船が到着すると、大量の人間がわらわらと集まってきて、凄い勢いで荷下ろしを始めたわ。


「ぅおい! その馬車には触るな! 勝手に運んでも駄賃はやらんぞ!」


 ティグレさんが私たちの馬車に群がる人たちを見つけて、怒鳴りつけていたわ。

 獣人さんが多いわね。


「帝国では、まだまだ獣人の地位は低いでござる。どうしても底辺の労働階級に留まることが多いようでござるな」

「それは……何とかしてあげたいわねぇ」

「あちきはミレーヌ村に入れてもらって良かったにゃ」

「そう言えば、難民や移住希望者に獣人も多いって聞いたけれど」

「ああ、そのあたりが理由だろうな。俺みたいな奴が国を運営してるんだ。安心なんだろ」

「能力があればいいじゃないのねぇ」


 言いながら、そう簡単じゃないわよねぇとも思ってしまうのだけれど。


「この町の宿は、メンヒェルが手配してくれてる。この先は無計画だぜ?」

「じゃあまずは宿に行きましょう」

「おう」


 メンヒェルさんが手配してくれた宿は、この町で一番高級な宿だったわ。

 でも……。


「なんじゃここは。犬小屋のじゃ?」

「ミレーヌ様が泊まるには衛生が足りませんね」

「うーん。造りが甘いなぁ。なぁミレーヌ様、ちょっと修繕していいか?」

「とりあえず酒!」

「最近ミレーヌの側にいることが多いから慣れちまってるけど、充分立派な建物じゃねぇのか? 都ほどじゃないけどよ」

「私には贅沢なほどです」

「ちょっと臭うにゃー」

「お前らちょっとは落ち着け」


 そうよ。葉っぱの布団より全然良いじゃ無い。

 と言いたいのだけれど、ちょっと汚い感じよね。


「労働階級の集まる宿としては、かなり良い部類に入ると思いますよ?」


 ようやくまともな意見が出たと思ったら、エルフのリンファさんだったわ。

 きっと苦労人なのね。


「なるほど、しかしメイドとして自分の責務を果たさなければなりません。しばらく掃除をいたしますので、ミレーヌ様にはお待ちいただきたいと思います」

「うん。じゃあちょっと町を見てくるわね」

「それでは……レッド! ダーク! お供を頼みますよ!」

「ええ……酒注文しちゃったよ……。もうちょっと早く言ってくれよ」

「はぁ。ちゃんと取っておきますから」

「頼むぜ? じゃあミレーヌ様どこにでもお供しますぜい!」


 レッドが一緒なら軍隊が相手でも安心だわ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る