幕間

幕間【貴族として、親として】


「旦那様、アイーシャ様より書簡が届いております」

「ああ、見せてくれ」


 私はガラディーン・ベステラティン。高貴なる辺境伯にして魔導士だ。今年で59になるが、見た目は30代半ばといったところだ。

 これは私が魔導士として優秀であることを端的に表しているだろう。


 そう。

 私は優秀な魔導士なのだ。


 ベルーア王国においては、最強の魔導士としての呼び声が高い。

 貴族としての矜持もある。

 だが……。


「……都に負けず劣らずの街並みに、高い魔術教育施設か」


 愛しくも問題児であるアイーシャから定期的に送られてくる手紙には、到底信じられぬことばかりが記載されていた。

 配布された教科書の写本を読んだときには目眩が起きた。


 この世界の魔術理論を根底からひっくり返すような、全く新しい術式が、子供にでも理解できるよう工夫されているのだ。

 諸処の事情から、ベルーア王国からミレーヌ神聖王国へと編入を余儀なくされてしまったが、これが他国であったらとゾッとする。


 さて、その編入に当たって、王都より様々な指令が来ている。

 一番厄介なのが、小学校の設立だ。

 庶民すべてに読み書き算学だけでなく、護身術に魔術を教えるだと?

 いや、神聖王国基準では魔法か。


 庶民に魔法……。

 頭が痛くなるような事態だ。魔術とは貴族にのみ許された特権であったというのに。

 しかも農民に知恵をつけてどうするというのだ?


 やはりミレーヌ陛下に対する反感は強く抱いてしまう。

 権利を得られる人間は義務を果たした人間だけで良いし、それこそが貴族の義務と権利だろう。

 だが、私はベルーア王国と、この土地を天秤にかけ、土地を選んでしまった人間だ。


 もちろんベルーア王国へと移住するならば、土地を買い上げるという話はあったが、先祖代々守ってきた土地をはした金で売り渡す気になれなかったのだ。

 交渉に来た生意気な虎獣人の顔を今も忘れられない。

 あの戦争で焼いてやれなかったのが心残りだ。


 いや、私は文明人なのだ。

 自ら選んだ道をしっかりと踏みしめよう。

 虎獣人との交渉のすえ、今代限りの貴族とはなってしまったが、領地経営の手腕ありと認められれば、この地区の代表として家を残して良いとの確約をもらった。

 息子の為にも、絶対に認められなければならない。


 小学校の義務化は、やはりすぐに農民たちの反発を招いた。

 貴重な労働力を取り上げられたと。

 だが、給食を出され、税金の免除があると知ると、ようやくそれも収まっていった。

 実際王国からはそれだけの予算が支給されていた。


 ベルーア王国は対帝国の為に、常時兵力を揃えていた関係で、常に財政が逼迫していたので、そのような援助は無かった。

 資金のある国は羨ましい。


 聞いた話によると、ベルーア王国は大胆は兵力削減を行ったらしい。

 それはそうだ。

 帝国との間に生まれた国は、平和を標榜し、かつその帝国と友好国なのだ。兵力を維持する理由が見当たらない。


 職を失った傭兵の多くは、ミレーヌ神聖王国へとやって来て、冒険者となったらしい。

 それもそのはず。

 それまで我ら魔導士貴族だけが、少量あれば充分だった魔石を買い取るというのだ。


 腕に覚えさえあれば、ダンジョンに行けば魔石などいくらでも手に入るのだ。

 本来であれば、野盗などになって、治安が荒れる可能性もあったのだが、ほとんどトラブルもなく軍の一部解体は上手くいった。


 これの手引きも、あの虎獣人の手腕らしい。

 なお、冒険者ギルドは、その権限を強めていた。

 半ば民事仲裁を任される、警察機構として、その組織形態を変化させていっていた。

 それまでは粗雑で乱暴な人間ばかりが登用されていたが、今では事務仕事が得意な人間も取るようになっていた。


 この変化は他国のギルドへの影響も大きく、ベルガンガ帝国とガルドラゴン王国は、この方式を採用すべく試験運用に入ったらしいと聞く。

 プライドの高いあの2国が飛びつくのだ、それがいかに優れたアイディアかわかるというものだ。


 ギルドという機構に、大きな権力を持たせる懸念はあるものの、今まで全てを軍で解決していた時と違い、予算が格段に安いのだ。

 民間のトラブル……例えば、あいつが先に俺を殴ったのなんのと言った、調査に手間が掛かる割に得られる物が何も無い事件。

 今までであれば、軍の警察機構がおざなりに解決してきた事案を、冒険者ギルドはしっかりと調査して解決しようとするのだ。

 なるほど、細かい事は得意なのだろう。

 適材適所という奴だ。


 権力を強めたと言えばもう一つ、ルーシェ教の存在がある。

 この国は神聖王国を名乗っておきながら、正教を持たない。

 ならば女王自体を神と崇めるのかと言えばそうでもない。


 もっとも住民の大半はミレーヌ陛下の事を神の如く崇めているが。


 それはそれとして、ルーシェ教の台頭は著しい物がある。

 現在ルーシェ教は、総本山をミレーヌ神聖王国の王都付近に建築中だ。噂のメイド軍団を使っていればとっくに完成しているのだろうが、工事にはルーシェ教の信者を使って、ゆっくりと建築しているらしい。

 もっとも規模が大きいので、時間が掛かるのも当然だろう。


 もうすぐ完成するらしく、近々教皇ポープも移り住むという。

 それまで、平和と芸術を信奉するルーシェ教は、あまり国家受けしなかったこともあり、いまいち広がらなかったのだが、その教義故、ミレーヌ神聖王国国内では圧倒的に信仰されることとなっていた。

 事実上の正教だろう。


 実際ルーシェ教とミレーヌ陛下との繋がりは強く、入学希望者が殺到しているらしい魔術学園にも、すでに何人か送り込んでいるという話だ。

 アイーシャの手紙が正しければ、唯一人の高等部はルーシェ教の神官だという。


 なるほど、上手いと思った。

 あえて正教を作らず、かつ実質の正教を置くことで、他教に対してうちの国は宗教は自由ですと言えるのだから。

 実際ハマ教の教会なども設立されているという話だ。


 おそらく雑多な宗教の入り交じる、複雑な文化が形成されるに違いない。

 一体陛下は何をお望みなのやら。


 改革といえば、農業に関しても革新的な改革がなされていた。

 ある日、ヒスイという名の緑髪のメイドが派遣されてくると、あれよあれよという間に、我が領土の農業事情が良くなっていった。

 土地にあった作物とその種をが配られ、細かく作物の育て方が伝授され、ミカンという名のオレンジ色をした髪のメイドが、上下水道の基礎をあっと言う間に設置していった。


 そう、上下水道である。

 今まで井戸を使っていた住民が、突然、蛇口から水を取れるようになったのだ!

 ミカンというメイドが設置していったのは、上下水道の基幹部であったが、すぐに細かい拡張計画を渡され、私はすぐに公共工事としてそれを施行した。

 予算も上から出ていたからな。


 結果一年で、領内ほぼ全てに上下水道が行き渡ったのだ。

 上水道だけならまだわかるが、下水道までもが行き渡るとは思わなかった。


 それまで薄暗い路地裏に漂っていた悪臭が減り、水を大量に使えるようになった住民たちが、徐々に路地の掃除などをはじめたのだ。

 たったの半年で、町は驚くほど清潔になっていったのだ。

 なお、この清掃だが、国が冒険者ギルドに依頼しているらしく、特に冒険者ギルド周辺は綺麗になっていた。

 今までとはまるで逆だ。


 するとどうだ。

 町の空気が変わるのだ。

 それまでの住民は沈んだ表情で、日々を淡々と暮らしていたが、現在の住民には笑顔が溢れていた!


 文字の読み書きを普及させる目的で、無料で配られているという「漫画」がある。

 高価だった紙に、どうやってか同じ内容を摺ってあり、これを配布して回っているのだ。

 いくら安くなったとは言え、正直正気の沙汰ではない。


 だが、コマ割りという技法で綴られたコミカルなイラストを見れば、なんとなく内容がわかり、より詳しく知りたければ、文字を覚えたくなるだろう。

 実際それまで大した娯楽のなかった彼らだ、各地で無料で開かれている、小学校とは別の読み書き教室に足繁く通うのも納得だ。


 恐らくあと数年で、国の連絡事項は全て文字で通達することも可能かも知れない。


 大量に流れ込んできた難民たちだが、上記の理由から、職にあぶれることはなかった。

 とにかく人手が欲しい!


 私も領地経営のプロだ。貴族なのだ。

 潤沢な予算と、優秀な人材を派遣されているのだ。

 息子の為にも、ベステラティン家の為にも、私は誰よりも結果を出さなければならない!


 こうして我が領内は著しく発達していった。

 たった一年で食料生産能力など700%増しになったほどだ。

 もっとも人口も300%近く増えているのだが。


 それにしても、本当にミレーヌ陛下は何を見据えているんだろうか?


 ◆


「さあ! 新たな芸術を求めて出発よー!」


 ◆


 私は陛下の深淵な本心を知る術は無かった。


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