第六十三話【私、義務があります】
前代未聞のガルドラゴン王国とベルガンガ帝国の停戦協定に向けて、着々と準備は進んだわ。
意図的にリークした情報により、すでに大陸中の国家が大騒ぎになっているわ。
大国の停戦!
それは隣接する小国からしたら、もしかしたら自分たちに矛先が向かうのでは無いかという恐怖と、疲弊した国力を回復できるチャンスだという希望。
色んな感情が入り交じり、正誤問わず、あらゆる噂が大陸中を駆け巡ったわ。
その噂話に乗っかって、私たちのミレーヌ神聖王国の名も一気に広がったわ。
謎の新興王国が大国の仲介役に!?
センセーショナルなニュースほど広がる速度が速いものよ。
物理的な伝達速度を無視しているんじゃ無いかしらと言う速さで、大陸中に噂が広まったわ。
全世界の注目が集まる中、まず帝国よりルードウィヒ・グラウディン皇帝陛下がいらっしゃったわ。
距離的な問題もあって先に到着よ。
ちなみにガルドラゴン国王も、帝国の中央を通過する許可をもらっているので、それほどの日数の差がなく到着する予定よ。
ミレーヌ神聖王国の首都、その中心となる広い道は、この日ばかりは通行止めとなり、盛大に皇帝陛下を迎えたわ。
道沿いからは、市民が馬車の隊列に手を振ってお出迎えよ。
なんと皇帝陛下はわざわざ屋根の無いオープン馬車で、手を振り返しながらの、さながらパレード状態で首都に入ってきたのよ。
それを知った警備担当のティグレさんが頭を抱えていたけれど、そのお姿を拝見して理解したわ。
ルードウィヒ・グラウディン皇帝……かなりの魔術の使い手よ。
不可視の魔導盾を展開しているあたり抜け目が無いわね。
魔力消費を抑えるためか、かなり薄めに展開しているけれど、弓矢くらいは防げるわ。
初撃さえ防げれば、この状況ならどうとでもなるものね。
ほとんどパレードとなってしまった、皇帝陛下の一行が、城前に特設された、天幕に到着したわ。
「遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。私はミレーヌ・ソルシエと申します」
30代後半くらいに見える、素敵なおじさま。それが最初の印象かしら。
ルードウィヒ皇帝が私の前に進み出て、不敵な笑みを浮かべたわ。
「女王自らのお出迎えとは痛み入る。私がベルガンガ帝国のルードウィヒ・グラウディンである。見知りお気を」
「はい。よろしくお願いしますね」
「ふむ……若く見えるが……歳を聞いたら失礼か?」
「いえ、問題ありませんよ。22歳と若輩ですが、これからご指導いただけたら嬉しく思いますわ」
「ほう。有能な魔導士と聞いていたからな。50は越えていると思ったが……」
「それではこちらも皇帝陛下のご年齢をお伺いしても?」
「よかろう。今年で137歳になる」
「それは、皇帝陛下はとても腕の良い魔導士なのですね」
「そのつもりであったが……、貴女を見ると自身が無くなるな」
「ご謙遜を」
「ふん。これほど近くにいて、貴女の魔力をほとんど関知できぬ。恐ろしいまでに洗練された魔導士よな」
「恐れ入ります。それでは城内を案内いたしますわ」
「よろしく頼む」
こうして皇帝陛下を中心に、護衛や執事、メイドや宰相などがゾロゾロと付いてきたわ。
私と皇帝陛下が、城の展望台に出ると、国民が大きく手を振って皇帝陛下を歓迎したわ。
「この城を、数ヶ月で築城したと聞いたが誠か?」
「ええ。沢山の方が強力してくれましたから」
もちろんオレンジが大量の魔石を消費したのは事実だけれど、沢山の協力があったからこそよ。
これは公共事業の一環でもあったから、貨幣経済を根付かせるのに役に立ったわ。
「この国では、兵士に獣人を大量に採用しているのだな」
「はい。言葉と常識を持つものであれば、どのような方でも区別なく採用させていただいていますわ」
「確かに獣人を差別する時代では無いのだろうが……生活様式が違えば、苦労も多かろう」
「あら、生活の多様性は、むしろ芸術の多様性に繋がりますわ」
「なるほど。芸術を敬愛するというのは本当であったか」
「はい」
皇帝陛下は、国民に手を振りながら小さく頷いたわ。
「それでは首脳会談といこうか」
「わかりましたわ」
場所を迎賓室に移して、改めてお互いに挨拶をすませて、いよいよ帝国との会談が始まったわ。
「まずは礼を申しておくべきか。この度は和平の仲介役、引き受けてくれた事に感謝する」
「とんでもありません。平和の為に協力出来るのであれば、これ以上の喜びはありません」
皇帝陛下は腕を組んで、しばし瞑目したわ。
「……本音を言おう」
「はい?」
「我が帝国は、好き好んで戦争をしていたわけでは無い」
「皇帝陛下!?」
叫んだのは、宰相さんだったわ。
「よい。私が帝国を作り、皇帝を名乗ったのは、終わらぬ戦乱に終止符を打つためだ。だが皇帝になって百年以上戦い続けて、肥大化した帝国は、その国民をささえられるほどの国力が無い」
「……」
まさか、自らの弱みを皇帝陛下が認めるとは思わなかったわ。
「停戦はするべきだろう。そしてそれを仲介した女王陛下に要請する」
「なんでしょう?」
「我が国土を……我が臣民を救う手伝いをして欲しい」
それまで、皇帝としての威厳を見せつけていた皇帝陛下が、ゆっくりと頭を下げたの。
それがどれほどのことか、どれほどの決意か、私は理解しなければいけないわ。
平和の仲介。
それには義務も生じるのね。
私は決意と共に、ゆっくりと立ち上がって、皇帝陛下の手を取ったわ。
「お顔をお上げ下さい、皇帝陛下。私、ミレーヌ・ソルシエは全力で帝国の皆様をお手伝いするとお約束しますわ」
「伏して頼む」
こうしてミレーヌ神聖王国とベルガンガ帝国は、強力な同盟国への道筋をつけたのよ。
その後、大まかな協定の骨子を作成しつつ、お互いの親睦を深めていったわ。
そして晩餐の最中だったわ。
「ミレーヌ陛下よ、一つ良いか?」
「なんでしょう?」
「こちらではあのようなファッションが流行っているのか?」
「ファッション?」
皇帝陛下の視線の先、ブルーを筆頭としたメイド軍団に加えて、レッド、オレンジ、そして……。
「あ」
葉っぱビキニのグリーンがいたわ。
……正装させるのを忘れていたわ。
私は皇帝陛下に苦笑しか返せなかったわよ。
「葉っぱメイド……新しいな」
皇帝陛下に変な趣味が目覚めないことを祈るわ。
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