第五十四話【私、おやつ味わいます】
「来たのは先触れですね。一週間後に、王都に使節団本体が辿り着くので、許可をいただきたいという事のようです」
「ああびっくりした。普通そうよね。それにしても一週間?」
「おそらく本体が大河を渡るタイミングで、先触れを出したのでしょう。帝国では無く王国の使節団ですので、かなり特殊なルートを移動しているものと」
「なるほどね」
「いかがいたしますか?」
「もちろん受け入れるわよ。正式な使者を追い返す訳無いでしょ?」
「わかりました」
「一週間か……。その間にコンサートとか観ておかないとね」
「……お仕事が溜まっております」
「最近ずっと忙しかったじゃないのー!」
「それは確かに……わかりました。どこかで1日なんとか空けましょう」
「さすがブルー!」
「ただし、こちらの書類を今日中に片付けていただけたらですが」
目の前に詰まれたのは大量の羊皮紙よ。
「ええー……」
「こちらの意図していることではなくとも、他国の領土を切り取るような状況なのです。書類仕事だけですんで良かったなと、ティグレ様もおっしゃっていましたよ」
「そうね……戦争より良いわよね……」
私は涙目で書類を一枚開封して、サインしたの。
「蝋封はお願いね」
「かしこまりました」
「それにしても……」
「なにか?」
「これってある意味で戦争じゃないかしら」
減らない書類の山に、ため息しか出ないわ。
「戦争ならば、勝たなければなりませんね」
「私、戦争なんて大嫌いよ」
しくしくと涙ながらに、頑張って書類を片付けたわ。
芸術の為よ、ミレーヌ!
◆
「どうぞ」
「あーん」
書類仕事で手一杯なので、葛とハチミツから作ったデザートを、スプーンで直接口に運んでくれるブルー。
美味しいけど……、こんな片手間じゃなくて、ティーと一緒にゆっくり味わいたいわね。
「いかがですか? オレンジが気合いを入れて作ったそうですが」
「とっても美味しいわね。繁殖力の強い葛ですら、昔では貴重品だったものね」
「はい。いまや大量の葛粉が採れるほど育っていますから」
「そんなに?」
「はい。気をつけないと、葛で覆われるとグリーンが言っていました」
「良いのか悪いのか……」
「管理出来ているのですから問題は無いかと」
「それもそうね」
「では、こちらのデザートはレシピを販売しておきます」
「わかったわ……え?」
配布じゃないの?
「いえ、販売です。難しいものではありませんが、レシピを知らなければ、簡単には作れませんので」
「別に今まで通り、教えて上げればいいじゃない」
「それが……ティグレ様が、ただでさえ税金を消費税しか取っていないのだから、こういうところで取っておけと……」
「ああ……」
貨幣経済が根付いてきたんですもの。たしかに国庫の心配もしないとダメよね……。
「わかったわ。その辺は任せるわ」
「はい。ミレーヌ様御用達ということで、高く売れると思います」
「……それ、必要?」
「必要です」
「そう」
なんだか、名前を便利使いされてる気がするわ……。
まぁそれで上手く回るなら、甘んじて飲みましょう……。
「それでは、次にこちらをご試食ください」
「……え? もしかして、これって仕事だったの?」
「もちろんです」
「おうのう」
まさか……貴重なおやつまで仕事だったなんて。
上手く言えないけど、美味しさが半減よ!
「いりませんか? バナナと、チョコという南方の植物にたっぷり砂糖を混ぜた、にが甘いデザートがあるのですが」
「いります」
私は頬を膨らませて、次を催促したわ。
ブルー、ずるいわよ……。
こんな感じで一週間を過ごす予定だったのだけれど……。
「ミレーヌ様、大変です。また使節団の先触れが来ました」
「え? 遅れるとか、早く着くとか?」
「いいえ。今度は帝国の使節団です」
「ええ!?」
「予定では王国の二日遅れで到着するようです」
「大変じゃ無い」
「はい」
「準備は始めてるの?」
「受け入れ準備はいつでも」
「なら、任せたわ。でも一体何しに来るのかしら?」
「そこまでは……」
事前交渉無しの使節団は、ちょっと怖いわよね……。
「ミレーヌ様、明日一日自由時間に充てようと思います。ちょうどギターさんのコンサートがあるので席を抑えましたが、問題ありませんか?」
「あら! またやるのね! 気分的には最高よ! オーケストラも捨てがたいけれど、今は気合いを入れたいものね」
「それは良かったです。もう一つ朗報が」
「何?」
「あと10日ほどで、美術館が完成の予定です」
「あら! それは良いわね!」
「それで、美術館の館長が、開館式典をやりたいと」
「いいじゃない」
「もちろんミレーヌ様も呼ばれております」
「……ああ、そういう事ね。うんわかったわ。そうだ。ペカソさんの絵画を進呈しましょう」
「それは良い考えかと」
「警備計画はどうなってるの?」
「ティグレ様が万事」
「そう。……ティグレさん優秀よね」
「はい。顔に似合わず」
「そんな事言ったらダメよ」
「本心です」
どうにも、ブルーのティグレさんに対する評価は厳しいわね。
「まぁいいわ。交渉が終わったらゆっくり美術館を楽しみましょう」
「そうなれば、良いですね」
「え?」
その時の私は話し合いが一日で終わると勘違いしていたの。
そうよね。私、国家元首なのよね……。
一日で終わるわけが無かったのよね……。
こうして私たちは準備万端で、ガルドラゴン王国の使節団を受け入れたわ。
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