幕間
幕間【俺、死にます】
冒険者である俺たちパーティーは、ミレーヌ町に一目惚れしたと言って良い。
様子見のつもりでやって来たのだが、全員一致で拠点をミレーヌ町にする事にした。
最初、どの宿も一杯で、諦めかけていたのだが、仮設の冒険者ギルドに相談に行くと、冒険者用の宿を手配してくれた。
宿が決まってから、転属願いを出そうとしていたのだ。
仕事はほとんどが魔物狩りだった。
特にヴォルヴォッドと命名された、レアモンスターの魔核は、一ヶ月は遊んで暮らせるだけの値段がついており、時間を見つけては躍起になって探してみたが、結局一度も見つからなかった。
魔物は自然発生する、謎の生き物だ。
そして基本的に同種の魔物が、同地区に湧きやすいと言われているので、そのうちに出会うと思いたい。
また、冒険者ギルドから懸賞がかかっている仕事に、ダンジョンの奥底にあるという、魔核溜りの発見がある。
もっとも今現在で、魔核溜りを見つけたという話は聞いていない。
ミレーヌ町のある、ジャングル地方に存在するダンジョンは、特に深く複雑なネスト構造になっており、小粒の魔核は大量に取れるが、いまだ全容の明らかになっていないダンジョンばかりだった。
俺たちは、ダンジョンに潜っては、ジャイアントアントを狩る毎日だった。
ミレーヌ町は噂に違わぬ町だった。
いや……そこはもう、立派な国だった。
町の中心に聳え立つ白亜の城。
城を囲む尖塔。
神殿に冒険者ギルド。
ひっきりなしに訪れるキャラバンの群れ。
娯楽施設も妙に充実していた。
初めは闘技場と思っていた巨大な施設は、なんと演劇や歌を鑑賞するためだけの施設と知ったときには仰天したもんだ。
毎日のように開かれるコンサート。
俺は小銭が貯まると、たまに聞きに行っていた。俺の趣味では無いが、なるほど腕の良い奴ばかりだった。
さらに巨大演芸場の横に、新たに建築中の巨大施設は、美術館とかいう、絵画などを飾り、それを一般に開放する施設だという。
絵画というのは、基本的に金持ちの道楽だ。
都であれば、稀に貴族などが、手持ちの絵画を自慢するために、路上展示すると聞いた事はあるが、それ専門の施設を作るなど聞いた事も無い。
それは国の宝を、一般人に見せる行為にほかならないからだ。
俺はますますこの国……いや町を好きになっていた。
もちろんパーティーメンバー全員がそうだった。
そんな、充実した日々を送っているある日の事だった。
長老会と言われる、町の重鎮たちが、血相を変えて走り回ったのは。
長老会の一人が、ギルド長と話をすると、ギルド長が険しい顔でその場の冒険者を集めた。
「……情報が入った。このミレーヌ町は帝国と戦争になる可能性が出てきた」
「なんだって?」
がやがやと冒険者たちが騒ぎ出す。ギルド長がそれを片手で黙らせた。
「そこで長老会からの通達だ。現在戦争を回避するための努力は行っているが、見通しは悪いらしい。戦争になるまえに、冒険者たちには避難するよう指示が来た……んだが」
そこでギルド長は言葉を切った。
そりゃそうだ、俺たちは猛然と反発を始めたからな。
「冗談じゃねぇ! この町を攻めるだと!? 許せるものか!」
「そうだ! ここは俺たちの……俺たちの町なんだ!」
「ミレーヌさん意外にこの町を治められる方なんていねぇ!」
「そうだそうだ!」
「俺たちはここで生きてここで死ぬ決意があるぞ!」
どうやら俺だけで無く、ここに居着いた大半の冒険者たちは同じ思いだったらしい。
「……そうか。ならばギルドは全力でミレーヌ町に肩入れするぞ!」
「「「おおおおお!!!」」」
こうして、俺たちはいつ戦争が始まっても良いように、準備に明け暮れた。
長老会経由で、いつも以上に魔核を集めて欲しいと要請を受けたときには、ギルド一丸で普段の五割増しの魔核を集めもした。
しばらくして、戦争が避けられない事が判明した。
俺たちは全員、傭兵として参加を希望したが、もろもろの事情でそれは敵わなかった。
だが、宿場町ベルの防衛要員として、ギルドから正式に依頼が出たとき、俺たちは確固たる決意を胸に、その依頼を受けた。
帝国の噂は聞いた事がある。
東の大河を渡った向こう側にある、かなり好戦的な国らしい。
普通ならば命惜しさに逃げ出す状況だが、不思議とそんな気分にはならなかった。
俺たちはいつの間にやら、町壁……いや、城壁と言っても良い防壁の完成したベルの町で、帝国軍を今か今かと待ちわびていたのだが……。
「おおおおい! ミレーヌさんが……女神ミレーヌ様が帝国軍を打ち破ったぞ!!!」
「なんだって!?」
一体どんな魔法を使ったのか……ああそうか、ミレーヌさんの魔術で追い払ったのかも知れない。
噂では超一流の魔導士らしいからな。
俺たちは、この昂揚した気持ちをぶちまけるように、大騒ぎを始めた。
ベルの町で備蓄していた一部の食料を無料で開放したのも、その騒ぎを広める一助になった。
俺は浴びるように酒を飲み、そして、溜まった金で、ちょっとずつ改造していた、相棒の楽器を手に取った。
「俺の弦を聴けぇぇぇえええええ!」
どうせ誰にも理解されないのはわかっているが、心の奥底から湧き上がる感情を抑えられずに、俺は魂の叫びを路上にぶち撒いたのだ。
投げつけられるのは、罵倒とゴミだった。
だが、それでいい。
おれのこの歌は、アウトローの歌なのだから。
適度に盛り上がってきたところで、突然、観客たちが静まりかえった。
何事かと視線をやれば、なんとそこには、美しき我らのミレーヌさんがいるではないか!
歌っている間は気がつかなかったが、確かに、それはミレーヌさんだった。
「凄い! 凄いわ! 最高だったわよ!」
信じられない事に、ミレーヌさんは、俺の歌を褒めてくれたのだ。
興奮した彼女は、あれよというまに、話を続けていく。
曰く、楽器を作ってくれる。
曰く、版権として金をくれる。
曰く、コンサートを開かせてくれる。
俺は酔いを覚まして、さらに叫んだ。
全力で歌った。
その日、俺は死んだ。冒険者としての人生が終わったのだ。
代わりに、新たな楽器「ギター」の名手として。
新たな音楽「ロック」の創始者としての人生が始まった。
その後、俺はジジイになるまで”ロック”な生きざまを送る事になった。
ギター・ロック。それが俺の名前だ。ロックだろ?
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